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もっとさっさとやっておくべきであった。

断片 (このサイトのどこかにあるもの)

木曾路はすべて山の中である。??島崎藤村『夜明け前』


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つっこみ力

書誌

authorパオロ・マッツアリーノ
publisherちくま新書
year2007
price700+tax
isbn978-4-480-06347-2

目次

1感想
2抄録

履歴

editor唯野
2008.1.28読了
2017.4.14公開

『反社会学講座』の人の本。『反社会学講座』は続編も出ているが、まだ読みかけだ。さっさと読まなければ...

というようなことはどうでもいいが、この本も中身は同じようなものである。

抄録

12

日本語には、愛国心って言葉はあるけど、愛国民心って言葉はありません。愛社精神や愛校心はあるけど、愛社員精神や愛生徒心って単語は、どこをどう突っついても、出てきません。

14

高校野球のスポンサーになっている現在からは考えられませんけど、当時(明治末期:唯野注)、先頭に立って学生野球有害論キャンペーンの旗振ってたのは、朝日新聞だったんです。一方、読売新聞は野球擁護派に回ったそうです。当時からライバル同士だったんですね。

14

日本の憲法も、信じられないほど愛が欠けてます。国民が税金払うことが義務だって書いてあるんです。-/-

そのくせ、税金使うほうの義務は一言も書いてないもんだから、公務員や議員先生は税金のムダ遣いし放題です。日本では、納税は義務で、ムダ遣いは権利なんですね。そういう問題こそ、社会科の教科書で取り上げてほしいんですけど、書くと検定で削られます。-/-

権利というよりは正確には利権でしょうね。ま、字を逆にしても同じか。

15

でもどうやら、お金持ちだけは国から愛されるというのは、万国共通らしいです。日本でも、こういうとこだけは進んで欧米のマネをして、どんどん累進課税の最高税率が減らされてきました。-/-

最高税率を低くする根拠としてよく耳にするのは、税金が高いと労働意欲がなくなるという理屈です。国会で居眠りする議員がいるのは、きっと税金が高いからなのでしょう。

でも現実に、お金持ちや社長さんで、税金が高いからという理由で仕事を辞めたり、やる気なくしてニートになっちゃったなんて話は、聞いたためしがないんですよね。

法人税率も同じ。所得税の最高税率同様に戦後では下がる一方である。税率を下げないと国際競争力が失われるとかいっているが、企業の内部留保が増えているのに給与は増えていない時点で論理が破綻している。税金の基本は「お金のあるところ(持っている人)から取る」のが当然なのに、なぜ消費税増税に熱心なのだろうか ? もちろん、そういうのを推進する人たちが「お金のあるところ(持っている人)」だからである :)

16

税金が高いと優秀な頭脳や人材が海外に流出するおそれがある、なんていう人もいますけど、現実にそうなってるかというと、そうでもない。北朝鮮は所得税がないんですから、みんな行きたがりそうなものですけど、だれも行きたがりません。-/-

18

オトナから抽象的な質問を受けて困ったときは、逆に相手に訊き返すのも、ひとつの手です。「じゃあ、愛ってなんなんですか ?」みたいに。それで相手が「質問に質問で答えるな !」とか「自分で考えろ !」と逆ギレしたら、むこうも答えを知らない証拠です。

抽象的な言葉を念仏のように並べ立ててきたら、「もっとわかるように説明してください」「具体的にいってください」と、なんべんもしつこく迫りましょう。そのうちボロを出します。

19-20

学者病の最たる症状、というか、末期症状と診断すべきかもしれません。学問的価値のある理論はわかりづらいものだ、とする時代錯誤な考えかたが、いまだに若手の学者のあいだにまで受け継がれているのは、やっぱり一種の病気です。

22

これからの時代は、シロウトに説明できるだけの国語能力を持つことが、プロの条件なんです。それができないからといってシロウトを世間知だと責める連中こそが、時代遅れで自分に甘くて愛のない、救いようのないドシロウトなんです。

26

ここだけの話、えてして、そういう手合いほど、自分ではそうだと気づいてないものなので、やっかいなんですよ。-/-毒舌ってのは、他人がいわれてるからおもしろいんです。ご自分がネタにされると、たいていの人はご機嫌を損ねます。

28

昔からよく、職人は自分の道具箱の中身を他人に見せないといわれてます。それは一般には、道具には各自の工夫がこらしてあって、その技を盗まれないようにするためだと解釈されてますが、小関智弘さんは長年の職人としての経験からそれに異を唱えます。隠しているのは優れた技ではなくて、技の貧しさだというんですね。下手くそな職人ほど、手前の腕を見破られるのをおそれて道具を隠すんです。

33

テーマってのは、読み手や聞き手が勝手にいろいろ見つければいいものでして、書き手や語り手がムリにひとつに設定しなくてもいいんです。だいたい、えてして読者は、書き手が意図しなかったテーマを汲み取ってしまうものなんです。

35

でも、ホントにそうですか ? 私は「常識」といわれると余計に疑ってしまうタチなもんでして。なにしろ常識なんてものは、人の数だけあるんです。常識をひとつに絞れると思ってたら、そういうあなたが、いちばん非常識です。

46 cf.102

学問は秀才の業、お笑いは異才・鬼才の業なのです。必要とされる資質は、まったく異なるのです。

あるいは、ユーモアは秀才の業、ギャグは異才・鬼才の業、といい換えてもいいでしょう。

51

欧米の観客が、ボケを感知した瞬間に笑ってしまうのに対し、日本の観客は、ボケを感知しても、すぐさまつっこみ役がつっこむのを知っているので、あえて、一瞬だけ待って、つっこみのセリフとともに笑うという、これが日本人独特の笑いのタイミング。

52

ツッコミには、「はい、いまボケましたよ」と、ボケたことをわかりやすくする効果もあります。-/-つっこみのもうひとつの効用??むしろこちらのほうが重要なのですが??それは、ボケの笑いを盛り上げる役目です。こちらの仕組みを考えれば、日本人が高度なお笑いの感覚を有していることがわかります。

59-60

ひとつ、私からご忠告させていただいてもよろしいですか。なぜ本が売れないのか。それは、つまらないからです。人は正しさだけでは興味を持ってくれません。人はその正しさをおもしろいと感じたときにのみ、反応してくれるのです。本当に重要なのは正しさではありません。付加価値であるおもしろさのほうなんです。正しいと思ったことを、いかにおもしろく伝えられるかが重要なのに、識者も学者も教育者も、それをあまりにも軽視しています。大衆に媚びる必要はありませんが、ウケを狙いにいくことは、大切です。

「正しさ」にこだわり続けるかぎり、論理力もメディアリテラシーも、つねに敗れ去る運命にあるのです。いままでも、これからも。

62

あなたが何か間違いに気づいたとします。しかし、すぐ訂正するのは、ヤボの骨頂です。こんなとき、お笑い芸人だったらどうするか、考えてみてください。ひとつ。場を盛り上げられるかどうか。ふたつ。それが自分にとっておいしいかどうか。-/-

63

つっこみ力は、場を盛り上げようというサービス精神と、自己犠牲の精神が息づいている点で、批判や批評、メディアリテラシーとは一線を画します。

64

それは作り手の側も、きちんとわきまえてます。ドキュメンタリー映画の監督、佐藤真さんは、以前テレビ番組で、ドキュメンタリーはフィクションだ、と断言してました。使う素材は全部現実だけど、それを再構成した段階で、現実とは違う何者かになってしまうものだ、とのことでした。

私は学問も同じだと思いますね。使ってるデータなどの素材は事実でも、それを取捨選択して分析した結論は、すでに純粋な事実ではなく、その学者のアタマの中で考えた現実になってしまうんです。学問もフィクションなんです。学問の正しさには限界があるんだから、おもしろさをもっと重視していいんです。

全く同感である。後者の学問は特に「社会学」において、よくあてはまる。

66

ただし、社会問題は正解がわからないからといって、どうせ何をやったってムダさ、みたいな虚無的、シニカルな気分に逃げ込んでしまうのは、最悪な態度です。それは、勇気のない人です。

正しい社会といいますけどね、なにが正しいかは、結局、政治化や権力者が決めてしまうんです。彼らが自分たちにとって都合のいい正しさを、国民に推しつけているだけのことなんです。

68

-/-発想を変えるということは、ときとして、権威に対するつっこみになるから、おもしろいんです。

69

そう、実は学問というのも、大変な権威なんですが、このように、それを指摘してくれる人は意外と少ないのです。自分たちの学問分野の常識やものの見方を人に押しつけようとする点において、学問はメディアに負けず劣らず??むしろそれ以上に、疑ってかからねばならない権威なんです。

70

教科書ってのは、一通り学んだら、勇気を持って、捨てるべきものなんです。世の中はつねに移り変わるのですから、教科書という古い権威にしがみついていると、世の中においてけぼりにされて学問が化石になってしまいます。

71

権威ある人たちが押しつけてくる論理がなんかおかしい、なんかヘンだと感じたら、たとえ論理的に反論できなくても、とりあえず、なんかヘンだぞ、と態度で示しておくことが大切です。そうした態度すら見せないと、権威はみんなが納得したものと考えて、ますます増長するのですから。

権威ってのは、必ず自分を正当化するなんらかの理屈を持ってるんです。で、しかもその理屈をごり押ししてくるだけではないところが、なかなかうまいんです。権威は、おためごかしって手法も心得てまして、代表例としては、植民地政策は支配される側にも恩恵があるのだぞ、なんていいぐさです。どう転んだって、支配する側のほうが莫大な恩恵を受けるのは明らかで、赤字覚悟のボランティアで植民地支配に乗り出すバカはおりません。

72

ことに、儒教倫理が根深くはびこり、たった一歳違うだけでも先輩、後輩、呼び合うほど上下関係にうるさい日本では、公平な立場での議論を期待するのは無理でしょう。やはり、他の手段が必要です。

73 cf.74

笑いによるつっこみや風刺は、議論なんかよりよっぽど効果的な武器となります。だからこそ、権力者は笑いを禁じようとするのです。-/-

74

つっこみは全面攻撃ではなく、笑いによって相手の逃げ道を確保してやってるところも、高度で、かつ、人間味のある手段といえましょう。批判力や論理力をまともに使って攻撃してしまうと、たとえ自分が勝ったとしても、相手の逃げ道まで破壊してしまいかねず、どうしてもカドが立ちます。

84

本気でそれを信じているとしたら、その人は、論理とレトリックの違いをわかってないんでしょうね。証明と説明の違い、といってもいいですけど。

91 cf.96

ところが、インセンティブの意味がどんどん拡大解釈されてきて、アメとムチの両面で使われるようになりました。それはかなり問題です。あくまでも、アメの意味だけに使うべきです。ムチの意味まで含めたら、趣旨が変わってしまいます。

92-93 cf.94

人の能力には個人差がありますし、努力したからといってすべての人が結果を出せるわけではありません。生まれ育った境遇もさまざまです。-/-

できる人や権力者がおいしいインセンティブを選べる一方で、できない人には、サービス残業か失業かしか選べないような状態にしておいて、人はインセンティブで動くとのたまわれましても、お笑いぐさですよね。

99

これに対して、メディアリテラシーの要素は、論理と批判です。私はずっと疑問に思ってたのですが、メディアリテラシーも論理力も批判力も、その目指すところがわからないのです。正しさから出発して、正しさを証明して、それからいったいどこへ向かうのでしょう。-/-

110-111 cf.113

日本での公的な職業分類は二種類あります。総務省の「日本標準職業分類」と、厚生労働省の「職業分類表」です。とはいえ、総務省の分類をもとにして、さらに細かく分けたのが厚労省の職業分類表ですから、この二つは基本的に同じものと考えてよさそうです。総務省は国勢調査の統計処理に使うので、あまり細かいと不便です。厚労省のほうは、雇用行政やハローワークなどの業務に使えるよう、細かくできているわけです。

ヤクザは、このどちらにも含まれておりません。日本標準職業分類での職業の定義は、「個人が継続的に行い、かつ、収入を伴う仕事」とされています。-/-ヤクザも当てはまりそうなものですが、残念ながら、法律違反行為は職業とみなさない、という例外規定があるのです。

いくら合法的な仕事をしていても収入がなければ、職業とはみなされません。ですから、主婦もこの分類では職業とはされていません。-/-

不思議なのは、「家事手伝い」ってのが職業として認められていることです。-/-

112-113

ギャンブルの配当は職業による収入とならないため、パチプロは、プロと名乗ってるにもかかわらず、問答無用で無職扱いにされます。ノミ屋もダフ屋も違法行為なので全滅です。-/-

ソープ嬢はそうなるんでしょう。国によっては売春は合法ですし、国内総生産・GDPの計算方法を定めたSNAという国際基準でも、売春は生産活動としてちゃんと認められているくらいなんですが、日本では違法です。だから職業表にも存在しません。-/-

115/116

日本人ほど、職業を気にする国民はいないんじゃないかと思います。-/-欧米の社会学では職業という概念はさほど意識されず、労働というとらえかたをしているように思えます。

欧米で看護の専門職というと、大学か大学院の看護学部で教育を受けた者のことを指します。要するにスキルってのは、仕事の熟練度よりも学歴でかなり決まってしまうことが多いんですね。それを職業の分類に持ち込むってのが、たぶん日本人の感覚では、納得いかないんじゃないですか。

117-118

日本の新聞では、投書する人の住所・氏名・職業・年齢の四点セットが欠かせません。-/-これは世界の常識ではありません。海外の新聞や雑誌は、投書した人の名前と居住地しか載せません。-/-

欧米人が「どんな意見を述べるか」を重視するのに対し、日本人は「どんな人が述べているか」に注目します。-/-

しかし、日本も戦前は違いました。-/-

121

会社員の呼び名は昭和三〇年にはすでに定着していましたが、昭和五〇年くらいまでは、勤め人と名乗る人がちらほらいました。他にも、勤労者、労働者、おもに肉体労働が中心の労務者など、けっこうバラエティーにとんでいたのですが、平成に入るとどれも使われなくなってしまいました。

それと入れ替わるように登場したのが、フリーターです。-/-

123

ページを破り取るのは論外にしても、図書館の本に線ひいたり書き込みしたりするのも、かんべんしてほしいです。大事な文章やいい文章をみつけたからといって、なんのためらいもなく他人の本に線を引く行為は、電車の中でいいケツ見つけたからといって、ためらいもなく触るのと同じくらいハレンチな行為です。-/-

同感である。

125-126

この際ですから、お教えしておきますけど、欧米では市町村の議員といえば、みなさん副業として手間賃程度の報酬をもらってやるのが常識です。退職金も年金もありません。地方議員が高収入を保障された職業になっているのは、先進国の中では日本だけなんです。-/-

137

しかし一方で、社長の給料が秘密のベールに包まれているのも事実です。たまにビジネス関連の雑誌や週刊誌などで、社長の年収なんて記事が載るんですが、あれって、ほとんどが、長者番付の納税額から推計した金額です。

高額納税者の収入には、自社株を売った儲けなどが含まれますので、特殊な例であって、統計データとはいえません。しかも、長者番付の発表が取りやめになってしまったので、推定もできなくなってしまいました。

労働者の給料は、政府による公式統計があるのに、社長の報酬はありません。なぜかというと、それは個人のプライバシーだからといって、調査に応じようとしないのです。

138

え、社長のボーナスは ? と聞かれそうですが、労務行政研究所によれば、社長のボーナスは、年収の一割程度にすぎません。社員のボーナスが年収の二五パーセントを占めるのに比べると、かなり低いのですが、これは税務上の問題です。社長のボーナスには法人税がかかるので、月給を高くしたほうがトクなんです。

141

犯罪の取り締まりを強化するだけでは、職業犯罪者は減らないんです。暴力団員を減らしたいのなら、受け皿となるカタギの職を用意してやらなければなりません。

141-142

そもそも私は、いまの日本は、こらえ性のない社会になっているように思えてなりません。成果主義だの即戦力だのと、すぐに結果を求めようとしますよね。みなさん、こどもがすぐキレるといって、こらえ性のないことを批判しますけど、ちょっと待ってくださいよ。会社だって従業員の成長を待てずにすぐクビにするのですから、こらえ性がないという点においては、オトナもまったく同じではありませんか。

152

「せやろ ? 缶コーヒーのシシェアってのは、自販機の台数でほぼ決まるんやわ。-/-

153

いいかげんな統計をデッチあげるのは簡単だが、それに反駁するには何倍もの労力を必要とする。多勢に無勢のリサーチ・リテラシーは、息苦しいまでの消耗戦を強いられるのだ。??赤川学「人口減少社会における選択の自由と負担の公平」

データに対する「証明?反証」合戦は、それ自体がデータの「正しさ」とは無関係な「情報戦」になってしまう……その優劣を決するのは、データを受容する側が「なんとなくそう思う」という程度のことであり、そうした人の数の多寡なのである。??鈴木謙介「カーニヴァル化する社会」

156

ですから私はデータなんてものに対してつねに半信半疑ですし、データを使った証明とやらも、お笑い芸人のあるあるネタのつもりで聞いています。データが正しいかどうかではなく、データを使って、どれだけおもしろいものの見方を提供してくれるか、がキモだと思ってます。

157 cf.161

どんなに高度な分析から得られたものであろうと、データは自然に湧いてくるものではありません。誰かがなんらかの目的を持って社会現象の一部を切り取ったものなんです。すべてのデータには、それを作成した人間の、なんらかの意図や偏見が裏に隠されています。データをおもしろがれずに、信じてしまう人は、そこらへんのカラクリをわかってないのでしょう。

160

社会問題や社会現象に関する分析は、どこまで突き詰めても、「なんとなく、そうみたいね」という域を脱することはできません。説明はできても、証明はできないんです。だから当然、これから起こるであろう社会や人間の動きを、正確に予測することもできません。

165-166

-/-どちらもそれなりに正しいデータにもとづいて主張しています。理系の学問では実験データそのものの捏造がときおり問題にされますが、社会科学ではデータ捏造ってのは、めったにありません。データの解釈が何通りもできるからです。

苦心してデータを捏造するより、データの切り口をちょいと変えるか、自分の都合のいい方向へ解釈をねじ曲げたほうが、はるかに簡単です。捏造データは否定されたらそれまでですが、解釈は否定されても議論の余地がありますし、データの切りかたに物言いがついたら、見解の相違だとつっぱねればいいのです。

168-169

考えてみれば、格差とか貧困とかの問題を話し合う政府の審議会には、学者・政治家・官僚・社長といったリッチな人だけしか参加していないのってのもヘンですよね。-/-収入ゼロでも、親の遺産が一〇億円あれば、一生リッチに暮らせる事実を考えれば、むしろ資産が格差を決めてるともいえます。

なのに、ほとんどの格差論議は、収入のデータだけを問題にしています。その時点で、すでに物事の一面しか見ていないわけでして、そこから導き出される因果関係も、「だいたい」「そこそこ」「なんとなく」の域を抜け出ることはできないのです。

170

いいかげんを認めることは、他者への寛容につながります。他人や他の意見の存在を認め、ズレや失敗を許すことは、社会にとっても学問にとっても、いいことなんです。寛容な独裁者なんていませんよね。つまり独裁者ってのは、社会や人間のいいかげんさを許せない、完璧主義で心の狭い人なんです。

174

受験秀才が学者になって社会学とか経済学をやると、川の流れこそが大切で、一滴一滴の水滴はどうでもいいみたいな、マクロ社会理論や社会システム論信仰に走りがちなところがあるんです。私は、どうしてもそこについていけません。ときとして社会科学に人間が感じられないところがあるのは、人間を信じていない学者が多いからです。

175/176

そんな、ちょいウザおやじの私ですが、ちょいウザおやじの頼みに、たいていは応じてくれますね。ちょいウザのコツは、きづいたらなるべく早く、さらりと、そして具体的にお願いすることです。

ガマンしてずっと何もいわないでいると、相手は自分の行為が容認された、べつに周囲に迷惑はかけてないと判断してしまいます。そうなってから注意すると、え、いまさらなんで ? とヘソを曲げてしまうのです。だから、ちょいウザはなるべく早く、さらりとがコツで、相手が応じない場合は深追いしないことです。ちょいウザに命を張るほどの価値はありません。

178/179

近所のこどもを叱れないオトナが増えたといいますが、それも結局は、自分の気持ちを赤の他人に伝えようとしない、伝えてもムダだ、ってあきらめてる人間不信のオトナが増えたってことなんですよ。でもカン違いしちゃあ、いけませんよ。昔のオトナが社会道徳や公共心に満ちあふれていたというわけじゃないんです。

昔の人は、いい意味で自分勝手だったんです。近所のガキがやかましいと自分が感じたとき、近所のガキがタバコ吸ってんのを見て、生意気だと思ったとき、自分の気力をストレートに伝えていただけなんです。べつに、近所のこどもを教育することによって、社会道徳の衰退を防ごう、とか、こどもたちの健康を増進しようなんて、おせっかいな考えに基づいて行動してたわけじゃなかったんです。んな、下町の貧乏オヤジが、そんな高尚なこと考えてたわけないでしょうが。

でもそれがいいことだったかどうかはわかりません。昔は「いい自分勝手」だった人が、現代では単なる「いいひと」になってしまった結果、抑止力がなくなり均衡が崩れ、一部の自分勝手な行動をする人が目立つようになったんですから。

181/186

しかも、たいていの論文は、「両者の関連のメカニズムについては、詳細な研究が俟たれる」とかいって、データや数字で解析できないところの判断は、みなさん、他人に押しつけて逃げるのです。

じゃあ、ってんで、データで語れないところに踏み込んで発言すると、途端に「データを出せ !」って吊し上げを食うから、それが怖くて誰も足を前へ出せません。みんなデータを駆使しているつもりが、皮肉なことに、いつのまにかデータの顔色をうかがうばかりで、思考停止状態に陥ってるんです。

それより注意しなきゃいけないのは、関連性の有無ばかりに気を取られていると、もっと大事な絶対値の問題を忘れてしまうことです。

188

もうひとついえるのは、数学や物理学や化学は万国共通の法則が使えますが、社会科学では国が変われば法則も変わってしまうってことです。-/-

193 cf.196

いまの日本は、しあわせです。養老孟司さんは、ホームレスでも飢え死にしない豊かな社会になったのに、失業率が高いと騒ぐのは、わけがわからんと書いてましたけど、まさにそこが、不思議なんです。

ヨーロッパでは、失業率一〇パーセントなんてのも珍しくありません。それよりはるかにましで、国内総生産も高い豊かなはずの現代日本で、失業したからといって、なぜ自殺しなきゃならないんですか。-/-

194

発送を変えましょう。相関関係とは、たまたまそうなっているというだけのことなんだから、それを断ち切ってしまえばいいのです。

要は、失業しても死なずにすむ社会にすればいいってことですよ。そう考えるほうが、結果的により多くの命を救えるのではありませんか。

警察庁の調べによれば、自殺の原因は圧倒的に、健康問題、それも老人によるものが多いんです。それに次ぐ問題が、経済生活問題で、このツートップが、自殺原因の七割近くを占めています。

197

-/-高橋祥友さんは、平成一〇年以降、自殺原因で経済生活問題が増えたのは、それを分類した現場の警察官が、「未曽有の平成大不況」みたいなマスコミのうたい文句に影響を受けた可能性があると指摘しています。-/-

199-200

日本人が自殺しなければならないほどの借金をするといえば、それはもう、住宅ローン以外にありません。なぜなら、貯蓄動向調査や家計調査の結果でも、勤労者世帯が抱える負債の九割が、住宅・土地のためのものであることがわかっているからです。-/-

203-204 cf.205

公庫から借りた人は、公庫住宅融資保証協会とも契約を結びます。もし返済の途中で、お手上げだ、もう返済できない、となったら、保証協会がとりあえずその人のローンを全額肩代わりして、公庫に払ってくれます。

全額払ってくれるといっても、それで救われるのは貸し手側の公庫だけです。借りた人のローンがチャラになるわけではなく、借金の相手が公庫から保証協会に替わるだけで、残金はすべてそのままです。

しかも、日本では家の価値は購入価格よりかなり安くなってしまうので、家を差し出して処分してもらっても、ローンを全額ちゃらにすることはできません。家がなくなってローンだけが残ります。ローンを確実にちゃらにできる唯一の方法は、生命保険です。

日本の庶民にとって、マイホームは生涯一度の夢なのです。一度つかんだ夢を手放すことを、かたくなに拒む人がいるんです。

現在、日本の都市部の借家は四割くらいですが、戦前は七割から八割が借家でした。-/-

206

ここが、とってもヘンなんですね。欧米では、住宅ローンは基本的に、家そのものだけを担保としています。もしローン返済中でお手上げになったら、ローンを借りた銀行などに担保の家を差し出して、その時点でローン返済は終了となります。そういうことをすればもちろん、個人信用のブラックリストに載ってしまいますけど、それがなんですか。借金をちゃらにして人生をやり直すことのほうが、よっぽど大事です。

日本のオトナたちは、「人生にはテレビゲームと違ってリセットボタンはないんだ !」とわかったふうなお説教を垂れるのを得意技としていますが、とんでもない。欧米の社会には、人生のリセットボタンがあるんです。むしろ、リセットボタンのない社会のほうが、設計ミスでしょう。-/-

この違いはどこからくるかといいますと、欧米では家は資産なのですが、日本では家は消耗品のガラクタだからです。-/-

208 cf.209

そういうわけで、とても意外な結論なんですが、日本の自殺を減らすための確実な方法のひとつが、住宅ローンの方法を変えることなんです。基本的に家そのものだけしか担保にできないことにして、貸す側にリスクを負わせれば、必死になって建物を検査します。

210

それにしても、日本人は住宅や土地の問題に無関心すぎます。日本人が不幸な原因の大部分は、土地の値段が高いせいなんですから。九〇年代に日本の地価は欧米の一〇倍から三〇倍といわれました。当時と比べて地価は半値くらいになりましたけど、それでもまだ五倍から一五倍ですよね。

211

要するに、地価が上がることで本当に儲かるのは、投資用の土地で土地転がしができる、ごく一部のお金持ちだけなんです。「地価が下がると日本経済に悪影響を与える」なんてセリフは、金持ちのたわごとにすぎませんから、聞き流してくださいね。たしか、セルバンテスでしたかね、「金持ちのたわごとは格言で通る」という名言を残したのは。

215/216

自殺志願者の話に耳を傾けるだけで、かなりの自殺を防止できるというのが、自殺の研究をしている心理学者や精神科医、ボランティア活動家などの一致した結論です。

しかも驚いたことに、専門家のアドバイスよりも、シロウトのボランティアによる電話相談のほうが、自殺防止の効果はずっと高いそうで、それは現在では、リットマンの法則として知られています。-/-

といっても、誰でも話を聞きゃあいいってもんじゃなくて、聞きかたに気をつけないと逆効果になるので、注意が必要とのことです。-/-

要は、上からものをいわないのが原則だそうで、おまえはそんなんだからダメなんだ、と説教したり、世間は甘くないよ、みたいな一般論で片づけたり、なんの根拠もなく大丈夫だよ、となぐさめるのもいけないそうです。-/-

結論やアドバイスよりも、とにかく真剣に耳を傾けることが大切といいますから、専門家がダメってのもわかります。-/-

217 cf.218

ドラマのない人生なんて、つまんないじゃないですか。社会も人生も、おもしろいほうがいいに決まってます。社会がおもしろければ、みんな生きてみようって気になりますよ。

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