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もっとさっさとやっておくべきであった。

断片 (このサイトのどこかにあるもの)

これが人間の悲劇だ。状況は変わり、人間は変わらない??マキアヴェリ


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今日の必ずトクする一言
パソコン・携帯電話・インターネット編

書誌

author山本智矢
publisherCQ出版社
year2001
price1900+tax
isbn4-7898-2011-4

目次

1感想
2抄録
3225.

履歴

editor唯野
?読了
2018.2.19公開

blogを書籍化した本で内容が1996~となっているため、かなり古さを感じる部分がないこともないが、携帯電話のTDMAとかCDMAの辺りは勉強になった。これだけ博学多才な人が市井にいるというだけでも驚きだが、いかにもネット黎明期という感じを受ける一冊である。いってみれば私のサイトもこういうテキスト系Webサイトの端くれになるのだが、昨今ではこの種のサイトが絶滅しつつあるのは少し悲しいといえば悲しい。

ただ、エンジニアで素晴らしい記事をブログやネットサービス上で公開している人を見ると「それならサーバも自分で立てて、コンテンツも含めて好きなことをすればいいのに」と思わないこともない。ITエンジニアでない人にまでそれを強いるつもりはないが、その気になれば借り物のサービスではなく自分の手で作ることができるのも、インターネットの利点だと思う。インターネット黎明期に素人がHTMLを使い(アクセスカウンタとか流行りました :-))、デザインは滅茶苦茶だが内容は突き抜けていたようなサイトは少なくなった。これはネットの成熟と捉えるべきなのか、自由度の減退と捉えるべきなのか ?

抄録

13

長年来のMacとUNIXユーザーとしては寂しいかぎりではあるが、こうなったのには理由があるようにも思う。Macの場合は目障りなエバンゲリストと、官僚的なAppleの態度である。

UNIX界で目に付くには衒学的な態度。UNIXの記事で辟易するのは「注釈」の多いこと。-/-

個人的にはタコなSEになやまされている。-/-教育システムの問題というよりは、自覚の問題であろう。

30

IBM-PCのグラフィックがあまりにもプアなので、とても漢字表示はムリであった。このため大和事務機器はIBM-PCの日本導入をあきらめ、わざわざ国内用IBM-5550(i-8086の16bitバス)を起こしたのである。それでも漢字表示は、専用のGDCを持つPC98より遅かった。日米共通ハードとなったのはPS/2(日本ではPS55、1988年)以降であり、日米共通OSとなったのは、つい最近のDOS/V ver5からである。

31

グラフィック能力が高いと慢心して、その後の改良を怠ったことがPC98陣営の没落を招いたと思う。真の意味でPC98が世界をリードしたのはPC9800F2までで(そのころジャパンアズNo1という本が出ていた)、その後はCPU能力に関してAT互換機の後塵を排し続けることとなった。グラフィックの解像度もVGAで敗けてしまう。

そして千両役者がIBM-AT(1984年発売)である。やっとリアルタイムクロックが付き、システム設定もCMOS RAMになった。ハードディスクは欠陥品として有名な30MBでその大半がクラッシュしたと伝えられるが、私が使用したマシンもやはりクラッシュした。

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