SSL、HTTP/2、レスポンシブWebに対応しました

もっとさっさとやっておくべきであった。

断片 (このサイトのどこかにあるもの)

良心の自由ほど魅惑的なものはないけれど、またこれほど苦しいものはないのだ。??ドストエーフスキー『カラマーゾフの兄弟』


ホーム > 読んだ >

人間、この非人間的なもの

書誌

authorなだいなだ
publisherちくま文庫
year1985
price450
isbn4-480-02022-5

目次

1感想
2抄録

履歴

editor唯野
?.1.5読了
2018.6.19公開

いかにも著者らしいというか、著者のスタイルの良く出ている本。断定的でなく、重い語り口でもないが、我々が見過ごしがちなものの見方をそれとなく突いてくる内容となっている。我々が普段から何の疑問も持たずにら使っている、人間的、もしくは非人間的という言葉を通じて、無意識のうちに我々がどういう判断をしているか、そういう言葉を使うことでどういう結果が生まれているか、なかなか深くは考えることのないのが実情であるが、本書ではそれを掘り下げている。定期的にこういう本に接することが大事だと思わせる本である。

抄録

7

なるべく軽く書きましょう。軽く書いても、あなたを軽くみているわけではないのです。重々しくなど書けないのです。重々しく書けないのは、書く気にならないからです。どうして、日本では重々しく、評論が書かれるのでしょう。私は、むかし、ある批評家に、「軽い」という批判をあびせかけられたことがあります。しかしもっと軽く書こうとしている人間にとっては、充分に軽くないことがとがめられるべきなのです。こう書いておけば、お前のエッセイは軽すぎるという非難はまぬがれることができるでしょう。私は、言葉を、事物の重みから解放したい。だから、軽く書きたいのです。

11

-/-人間的という言葉は、人間の認識の深さに従属するものであるべきだと思われるのに、その言葉は、人間の認識の深まりとともに深められようとするどころか、すでに最初の地点から、その認識と切り離され、人間はかくあるべしという希望と結びついたまま、凍結してしまったのでした。人間的なものというイメージが、あるがままの人間から離れて作りあげられてしまったのです。

さらに、困ったことは、人間的という言葉は、いい言葉なのでした。この、いい言葉というのが、くせものなのです。

言葉は、そもそも符丁にすぎないし、言葉そのものが、よかったり、悪かったりしても困ります。言葉は、ある事物に対応しているだけで、言葉の価値は、その対応の正確さによってだけ、はかられるべきです。いや、実は、それは 、私の希望であるので、現実の言葉は、事物と切り離されて、それほど身軽にはなってくれないのです。-/-

12

全文を読まれる場合はログインしてください


Up