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大衆の反逆

書誌

authorオルテガ・イ・ガセット
editor神吉敬三(訳)
publisherちくま学芸文庫
year1995
price850
isbn4-480-08209-3

目次

1感想
2抄録

履歴

editor唯野
?.9.19読了
2017.7.10公開

大衆論の古典中の古典であり、「今更読んでみてどうなのか」と全く思わなかったのかといわれれば嘘になるが、結論からいうと十分に読み応えのある本だった。大衆と選ばれた少数者という対比は少々ステレオタイプな感じもしないわけではないが、それを強く自覚し信念となった著者にとっては、むしろそれさえもが自身の論旨を強めるために作用している。

社会学が専門分化しておらず、社会学者というよりは哲学者というべき著者の立場は、単に社会を分析するのにとどまらず、社会をこう変えなければならない、人間はこう生きなければならないという人生そのものの主張と相まって強い主張を読者に付き付けるものとなっている。解説などでも触れられているように、このようなオルテガの立場は自身の置かれた20世紀初頭のスペインの国情などにも影響を受けているということになるが、確かに古典として称されるだけの内容に富んでいる。

社会を分析するだけでなく、それを更に変えていくための主張までが織り込まれている点は、昨今の学者に最も求められるひとつなのではないかと思った。

抄録

12

この様相を分析することは容易ではないが、指摘することはきわめて簡単である。わたしは、この様相を蝟集の事実、「充満」の事実と呼んでいる。都市は人で満ち、家々は借家人で満ちている。ホテルは泊り客で、汽車は旅行者で、喫茶店はお客で、道路は歩行者で満ちている。有名な医者の待合室には患者があふれ、映画、演劇には、出し物がそれほど時代おくれのものでないかぎり、観衆がむらがり、海浜は海水浴客であふれている。以前には問題にならなかったことが、つまり、空いた場所を見つけるということが、いまや日常の問題となり始めているのである。

13

ものごとに驚き、不審を抱くことが理解への第一歩である。それは知的な人間に特有なスポーツであり、贅沢である。だからこそ、知性人に共通な態度は、驚きに瞠(みは)った目で世界を観るところにあるのである。しっかりと開かれた瞳にとっては、世の中のすべてが不思議であり、驚異である。-/-

15 cf.19/27/137

群衆は突如として姿を現わし、社会における最良の場所を占めたのである。以前には、群衆は存在していたとしても、人目にはふれなかった。群衆は社会という舞台の背景にいたのである。ところが今や舞台の前面に進み出て、主要人物になった。もはや主役はいない。いるのは合唱隊(コーロ)のみである。

-/-大衆とは、特別の資質をもっていない人々の総体である。したがって、大衆といった場合、「労働大衆」のみを、あるいは主として「労働大衆」を指すものと考えられては困る。大衆とは「平均人」のことなのである。こう考えることによって、先にはまったく数量的であったもの、つまり群衆が、質的なものにかわるのである。-/-さて、このように量を質に転換することによって、われわれは何をえたのであろうか。答えはきわめて簡単である。つまり、質を通して、量の起源を知ることができるのである。-/-

16

群衆や大衆でないことを特徴としている集団の場合には、その成員の実質的な一致点は、それ自体多数を排除するようなある種の願望、思想もしくは理想にあるのである。少数集団を形成するためには、それがいかなる集団であっても、先ずその個々の成員が、特殊な、比較的個人的な理由で群衆から分離することが必要である。少数集団を構成する他の成員との一致は、個々の成員が個別化した後に起こるのであり、実は二義的なことなのである。-/-

17-18

-/-人間を最も根本的に分類すれば、次の二つのタイプに分けることができる。第一は、自らに多くを求め、進んで困難と義務を負わんとする人々であり、第二は、自分に対してなんらの特別な要求を持たない人々、生きるということが自分の既存の姿の瞬間的連続以外のなにものでもなく、したがって自己完成への努力をしない人々、つまり風のままに漂う浮標のような人々である。

20

-/-そこでわたしは、――後述することを先回りしていえば――近年の政治的変革は大衆の政治権力化以外の何ものでもないと考えている。かつてのデモクラシーは、かなり強度の自由主義と法に対する情熱とによって緩和されたものであった。これらの原則を遵奉することにより、個人は自分のうちに厳しい規律を維持することを自ら義務づけていた。自由主義の原則と法の規範との庇護によって、少数者は活動し生きることができたのである。そこではデモクラシーと法および合法的共存は同義語であった。今日われわれは超デモクラシーの勝利に際会しているのである。今や、大衆が法を持つことなく直接的に行動し、物理的な圧力を手段として自己の希望と好みを社会に強制しているのである。-/-

21-22

-/-今日の特徴は、凡俗な人間が、おのれが凡俗であることを知りながら、凡俗であることの権利を敢然と主張し、いたるところでそれを貫徹しようとするところにあるのである。-/-

24

-/-わたしは、人間社会はその本質上、好むと好まざるとにかかわらずつねに貴族的であるといってきたし、また日ごとにその確信を強めている。人間社会は、貴族的である限度に応じて社会たりえ、貴族性を失うに従って社会たることを止めてしまうほど、貴族的なものなのである。-/-

28

-/-十八世紀に、ある少数者たちが、すべての人間は生まれたというだけの事実によって、ある種の基本的な政治的権利、つまり、いわゆる基本的人権と市民権をもっているものであり、そのためにはなんら特殊な資質をそなえる必要がないこと、しかも、それら万人に共通した権利こそが存在しうる唯一の権利であることを発見した。かくして、特殊才能に関連した他のいっさいの権利は、特権として非難されることになった。-/-

29

-/-ところでよく注意していただきたい。かつて理想であったものが現実の構成要素に代われば、それは必然的に理想でなくなるということである。なぜならば、その時には、理想の属性であるとともに人間に対して理想を効果あるものとするあの権威と不思議な魔力が消え失せてしまうからである。あの高邁な民主主義的理想が生み出した万人平等化の権利は、目標や理想の座をおり、単なる欲求と無意識的な前提に変わりはててしまったのである。

41

-/-われわれの時代は、頂点を極めた一時代に続く時代なのである。だからこそ、河の向こう岸、つまり、過ぎ去ったばかりの充足せる時代に執着し、すべてをその時代の眼鏡で眺める人は、現代をあたかも頂上からの転落、一つの没落であるかのように感じる蜃気楼に悩まされることであろう。

42

-/-真の生の充実は、満足や達成や到着にあるのではない。セルバンテスは、かの昔に「宿屋よりも道中の方がよい」といっている。自己の願望、自己の理想を満足させた時代というものは、もはやそれ以上は何も望まないものであり、その願望の泉は涸れ果ててしまっている。要するに、かの素晴らしき頂点というものは、実は週末に他ならないのである。-/-

46

-/-すなわち、いかなる過去のいかなる生にも憧れていない生、したがって、自分自身であることを望んだ生は、まじめに考えた場合、いかなる意味でも、自分を衰退しつつある生とは呼びえないということである。-/-

47 cf.60/64

われわれの生は、過去のどの生よりも自分のスケールが大きいと感じている。それなのに、どうして自分が衰退しつつあると感ずるはずがあろうか。事実はまさにその逆である。実は、自分が過去のどの生よりもいっそう生であると感ずるあまり、過去に対するいっさいの敬意と配慮を失ってしまったのである。-/-

53

しかしながら、つまるところ、世界の増大の実体は、その広がりを増すことにあるのではなく、より多くの物象を内包することにあるのである。すべての物象――この言葉を広義に解釈していただきたい――は、これを人は望むことも、試みることも、作ることも、壊すことも、見出すことも、享受することも、あるいはまた拒否することもできる。そして、これらはすべてが生の行為を意味する名称なのである。

55

-/-われわれが生きている、ということは、われわれが特定の可能性のある領域内にいる、というに等しい。このわれわれをとり巻く周囲は普通「環境」と呼ばれている。生とはすべて、「環境」つまり世界の中に自己を見出すことである。なぜならば、環境、つまり、周囲にあるものというのが「世界」なる概念のそもそもの意味だからである。世界とは、われわれの生の可能性の集積である。したがって世界は、われわれの生から隔絶された疎遠なあるものではなく、生の外周そのものなのである。それは、われわれがなりうる姿、したがって吾々の世の潜在的能力を示している。この生の潜在的能力が現実の姿となるためには、自らを具体的に限定しなくてはならないのである。だからこそ、世界はわれわれにとってかくも巨大なものに思えるとともに、われわれはその世界の中でかくも微小なものに思えるのである。世界、すなわち、われわれの可能なる生は、つねにわれわれの運命、すなわち現実の生以上のものなのである。

70 cf.75

かくして、大群衆を歴史の表面に解き放った栄誉と責任は前世紀にあるのである。この事実は、まさにそれゆえに、十九世紀を正しく評価するための適切な視点を提供しているといえる。-/-

77

-/-それ以前の民衆にとって、生とは――経済的にも肉体的にも――重苦しい運命だったのである。彼らは生まれながらにして、生きるということを耐え忍ぶ以外方法のない障害の堆積というふうに感じ、それら障害に適応する以外に解決が見出せないままに、これまた自分たちに残された狭小な空間に住みつく以外に仕方がないと感じていたのである。 今までは物質的領域を見てきたわけだが、ここで市民的・精神的な領域に目を転ずると、この対照はいっそう明瞭となってくる。十九世紀の後半以降、平均人は彼らの前になんらの社会的障壁も見出さなくなった。-/-

78

-/-革命というものは、既存の秩序に対する反逆ではなく、伝統的な秩序を駆逐する新しい秩序を樹立することである。かかる意味から、十九世紀が生み出した人間は、社会的な生の実行に関して、今までのいっさいの人間とは別個の人間であるといってもけっして誇張ではないのである。-/-

80 cf.86/137

以上のことから、われわれは、今日の大衆人の心理的図表にまず二つの特徴を指摘することができる。つまり、自分の生の欲望の、すなわち、自分自身の無制限な膨張と、自分の安楽な生存を可能にしてくれたすべてのものにたいする徹底的な忘恩である。-/-

81-82

-/-自分が呼吸している空気のために他人にお礼をいう人はひとりもいないであろう。それは空気は誰が作ったものでもないからである。つまり、空気は、「そこにある」もの、われわれが、あるものは「あたりまえである」と呼ぶものの一つだからである。そしてこれらの甘やかされた大衆は、空気と同じように彼らの意のままに供されているあの物質的・社会的組織も、空気と同じ起源をもつものだと信じてもおかしくないほど、知性が低いのである。-/-

88 cf.90

-/-一般に考えられているのとは逆に、本質的に奉仕に生きる人は、大衆ではなく、実は選ばれたる被造物なのである。彼にとっては、自分の生は、自分を超える何かに奉仕するのでないかぎり、生としての意味をもたないのである。したがって彼は、奉仕することを当然のことと考え圧迫とは感じない。たまたま、奉仕の対象がなくなったりすると、彼は不安になり、自分を抑えつけるためのより困難でより過酷な規範を発明するのである。これが規律ある生――高貴なる生である。-/-

91-92 cf.300

われわれは、成長するに従って、大部分の男たちは――そして女たちも――外的必然に対する反応というような厳密な意味での強制されたもの以外、いかなる自発的な努力もなしえないものだということをいやというほど見せつけられる。それだけに、われわれが知り合ったきわめて数少ない、一般の人間には無縁な自発的な努力をなしうる人々は、われわれの体験の中にあって、ますます孤立化し、あたかも記念碑的存在となっていくのである。彼らこそ、選ばれたる人、高貴なる人、行動的な唯一の人、ただ反応に生きるためでない人であり、彼らにとって生きるとは、不断の緊張であり、絶え間ない修練なのである。-/-

93

しかし、こうした改心すらも長続きはしないであろう。なぜならば、大衆の魂の基本構造は自己閉塞性と不従順さからなっているからである。大衆には、生まれながらにして、それが事実であろうと人間であろうと、とにかく彼らの彼方にあるものに注目するという機能が欠けているのである。-/-

98

つまり、われわれはここで、愚者と賢者の間に永遠に存在している相違そのものにつきあたるのである。賢者は、自分がつねに愚者に成り果てる寸前であることを肝に銘じている。だからこそ、すぐそこまでやって来ている愚劣さから逃れようと努力を続けるのであり、そしてその努力にこそ英知があるのである。これに反して愚者は、自分を疑うということをしない。-/-

99

しかしわたしは大衆人がばかだといっているのではない。それどころか、今日の大衆人は、過去のいかなる時代の大衆人よりも利口であり、多くの知的能力をもっている。しかし、その能力もなんら彼の役には立っていない。-/-

103 cf.101

-/-サンディカリズムとファシズムという表皮のもとに、ヨーロッパに初めて理由を示して相手を説得することも、自分の主張を正当化することも望まず、ただ自分の意見を断乎として強制しようとする人間のタイプが現われた。実はこれが新奇さなのである。つまり、正当な理由をもたぬ権利、道理なき道理がそれである。わたしはこの事実の中に、能力をもたずして社会ウィ指導しようと決心してしまった大衆の新しいあり方の最も明瞭な現われを見るのである。新しい魂の構造が最も赤裸々に現われるのは彼らの政治活動面においてだが、それにしても鍵は彼らのその知的自己閉塞にあるのである。平均人は自分の中に「思想」を見出しはするが、考える能力をもたないのである。そればかりでなく、思想がその中で生きているきわめて微妙な領域がどこであるかさえ考えてもみないのである。彼らは意見を主張しようとはするが、あらゆる意見の主張のための条件と前庭を認めようとはしない。彼らの「思想」が、真の思想ではなく、恋愛詩曲のように言葉に身をつつんだ欲望に他ならないという理由はここにある。

106

人間のあらゆる共存形式は、間接的な訴願を抹殺してしまった新体制の中に繰り込まれつつある。社交においては「礼儀作法」が姿を消し、文学は「直接行動」として罵詈讒謗に堕している。男女関係もまたその手続きを単純化してきている。

110 cf.115-116

大衆の反逆は、たしかに人類の新しいそして比類なき組織への移行過程でもありうるが、しかし同時に、人類の運命における一つの破局ともなりうるのである。進歩という事実を否定する理由はどこにもないが、しかし、その進歩が安全なものだとする考え方は訂正しなければならない。すべての進歩、すべての発展には、必ず退化と後退の危険性が伴っていると考える方が、より事実に則しているといえよう。-/-

114 cf.127

-/-しかし彼は、自動車は、エデンの国の樹になる自然の果実だと信じているのだ。彼は魂の底では、文明のほとんど信じがたいほどの人工的な性格をまったく知らない。だから彼は、文明の利器に対する感慨をそれら利器の存在を可能にした原理にまで及ぼそうとはしないのである。-/-

128

しかし今日では。自分自身の文明の速度についてゆけずに失敗しているのは人間の方である。-/-

129

-/-歴史的知識は、成熟した文明を維持し継続してゆくための第一級の技術なのである。それは歴史的知識が生の紛争の新しい様相――生はつねに一瞬ごとに変化している――に積極的な解決策を与えてくれるからではなく、以前の時代の素朴な誤りを再び繰り返すのを防いでくれるからだ。-/-

131

-/-覚明というものは十五年以上は続かないというのがある。つまり、一つの世代が権力の座にありうる期間以上は続かないというのである。

131 cf.133

-/-過去と戦う場合、われわれはとっ組み合いをすることはできない。未来が過去に勝つのは、未来が過去を呑み込むからである。過去のうちの何かを呑み込えないままで残すとなれば、それは未来の敗北である。

140

-/-彼は他人を演じるよう運命づけられているのだ。つまり、他人でも自分自身でもないように運命づけられているのである。彼の生は、容赦なく、その真正性を失い、他の生の単なる代理もしくは見せかけに変質してしまう。彼が用いねばならないように義務づけられている手段があまりにも多いため、彼は自分自身の個人的な運命を生きる余地がなく、彼の生は委縮させられてしまうのである。生とはこれすべて、自己自身たるための戦いであり、努力である。わたしがわたしの生を実現するうえで直面する障害こそ、まさに私の能力を目覚めさせ、行動を喚起するものなのである。-/-

148-149

今日の状況をより明確にするには、その独特の相貌さをさておいて、過去の他の時代との共通点に留意した方がよい。たとえば紀元前三世紀ごろ、地中海文明がその絶頂点に達するとすぐに、犬儒主義者(シニコ)が現われた。ディオゲネスは泥まみれのサンダルをはいてアリスティプスの絨毯の上を歩いた。犬儒主義者はどの街角にもどの階層にもいるという人物像になってしまった。ところで、彼らがやったことは、当時の文明をサボタージュすることに他ならなかったのである。彼らはヘレニズムの虚無主義者だったのだ。彼らは、何も創造しもしなかったし、何も成しはしなかった。彼らの役割は破壊であった。というよりも破壊の試みであったというべきであろう。なぜならば、その目的さえも達成しえなかったからである。-/-

158 cf.156

-/-すなわち、実験科学の発展は、その大部分が驚くほど凡庸な人間、さらには凡庸以下の人間の働きによるものであったということである。つまり、今日の文明の根源であり象徴である近代科学は、知的に優れていない人間をも歓迎し、彼が立派に働くことを可能にしたということである。それを可能にした原因は、新しい科学とその新しい科学が指導し代表している全文明の最大の利点でもあり同時に最大の危険でもあるもの、つまり、機械化にある。-/-

160

そして事実、専門家の態度はその通りなのである。彼は、政治、芸術、社会慣習あるいは自分の専門以外の学問に関して、未開人の態度、完全に無知なる者の態度をとるだろうが、そうした態度を強くしかも完璧に貫くために――ここが矛盾したところだが――他のそれぞれの分野の専門家を受け容れようとはしない。文明が彼を専門家に仕上げた時、彼を自己の限界内に閉じこもりそこで慢心する人間にしてしまったのである。しかしこの自己満足と自己愛の感情は、彼をして自分の専門以外の分野においても支配権をふるいたいという願望をかりたてることになあろう。かくして、特別な資質をもった最高の実例――専門家――、したがって、大衆人とはまったく逆であるはずのこの実例においてすら、彼は生のあらゆる分野において、なんの資格ももたずに大衆人のごとくふるまうという結果になるのである。

164

したがって、大衆が自ら行動しようと試みることは、自らの運命に逆らうことであり、彼らが今日行なっていることはまさにこのことに他ならないので、わたしは大衆の反逆をここで問題としているのである。なぜならば、つまるところ、真に反逆と呼びうるものは、人間が自己の運命を拒否すること、自己自身に対して反逆すること以外にはないからである。-/-

165

大衆が自ら行動する時は、彼らはただ一つの方法によって行動するのみである。それは私刑(リンチ)であり、彼らはそれ以外の方法をもっていない。-/-

166

わたしが言及しようとしているのは、今日のヨーロッパ文明を脅かしている最大の危険物についてである。-/-この危険物とは他でもない、今日の国家(ステート)である。つまり、われわれはここでも、前章で科学に関して述べたのと同じ理論につきあたる。その理論とは、科学の諸原理の豊穣性が科学を驚異的に進歩させたが、しかしその進歩は不可避的に専門化をもたらしたのであり、その専門化によって科学は窒息しかけているというものであった。 実は同じことが国家についても起こっているのである。

168

-/-一八四八年以降、つまり、市民階級による支配の二世代目が始まってからというもの、ヨーロッパには真の意味での革命は起こっていない。それは革命のための動機がなかったからというのではなく、その手段がなかったからである。社会的権力と社会の力が均衡した。革命は永遠に姿を消したのである。ヨーロッパに起こりうるものはもはや革命とは逆のもの、つまり、クーデターのみとなった。そして、それ以降に革命らしき様相を呈したものは、すべて仮面をかぶったクーデターにすぎなかったのである。

169 cf.171

今日、文明を脅かしている最大の危険はこれ、つまり生の国有化、あらゆるものに対する国家の介入、国家(ステート)による社会的自発性の吸収である。-/-

174

-/-いわゆる「秩序を愛する」人々が、秩序を守るために作られたこの「社会的秩序の権力」は、自分たちが希望する秩序をつねに樹立するだけで満足するであろうと考えるのはあまりにも無邪気である。結局は、それら権力は彼らが強制する秩序は彼らで決定するようになることは避けえないのであり、しかも彼らが決定する秩序は、彼ら自身に都合のよいものとなるのはしごく当然なことである。

182

実のところ、近衛兵組織をもって支配を行なうことはできない。だからこそ、タレイランはナポレオンに対して、「陛下、銃剣をもってすれば何事も可能ですが、ただ一つ不可能なことがあります。それは、その上に安座することです」と言上しているのである。支配とは、他から力を奪い取る態度ではなく、力の静かな行使なのである。-/-

183 cf.185

以上のことからわれわれは、支配とは一つの意見の、したがって一つの精神の優位を意味することであり、支配権力とはつまるところ精神力以外の何ものでもないということに気づくのである。-/-

188

このような理性の認識論をギリシャ人が聞いたら不快の念を抱くことだろう。なぜならば、ギリシャ人は、理性の中に、概念の中に、現実そのものを発見したと信じていたからである。これに対してわれわれは、理性、概念は、人間が人間の生という無限にしてきわめて錯綜した現実のまっただ中にあって、自分自身の位置を明らかにするために用いる不可欠な道具であるというふうに考えている。生とは、われわれが事物の中にあっておのれを持するために行なう事物との戦いである。概念とはそれら事物の攻撃に対して応戦するために、われわれが自分で寝る作戦計画なのである。-/-

190

-/-思索するということは、好むと好まざるとにかかわらず、誇張することなのだということを想起していただく必要があったのである。誇張を好まない人は口をつぐむ以外に仕方がない。-/-

196

-/-彼らは自由であると感じるあまり、なんらの束縛ももたないと感ずるあまり、自己が空虚であると感じるのである。待命中の生は、死以上の自己否定である。なぜならば生きるということは何か特定のことをなさなければならないということ――一つの任務(エンカルゴ)を果たすこと――であり、われわれがその性を何かに賭けることを避ける度合いに比例して、われわれは自己の生を空虚にしてゆくのである。-/-

199

-/-ロシアはいまだに独自の掟をもっていないからこそ、マルクスのヨーロッパ的原理を支持するふうを装う必要があったのである。そして、若さがあり余っているからこそ、こうしたフィクションで満足することができたのである。若者というものは、生きるために理由を必要としない。彼らが必要とするのは口実だけである。

203-204 cf.224-225

-/-近年、献身すべき対象をもたぬために、無数の生が自らの迷宮のなかに迷いこみ消えてゆくという恐るべき光景を目撃してきた。あらゆる掟、あらゆる秩序が宙に浮いてしまったのだ。こうした状態は理想であるはずのように思えた。なぜならば、各人の生は自分が好きなことを行なう完全な自由と自分自身に熱中する完全な自由を得たからである。民族の場合も同様である。ヨーロッパは世界に与えていた圧力を弱めたのだ。しかし、その結果は予期に反したものであった。それぞれの生は自らの手に委ねられると、なす仕事もないままに、自分自身の中に留まりうつろになってしまうのである。そして、何かで自分を満たさねばならないために、偽りの自分を作りあげるか軽率にも自分を偽装し、真の内的衝動が要求するものとは違う偽りの仕事に没頭し、今日はこれ、明日はそれとは逆のあれというふうに渡り歩く。生は、自己とだけ対座するようになればもう終わりである。エゴイズムはいわば迷路なのだ。自らを閉じこめてしまう迷路なのである。生きるとは、何かに向かって放たれていること、一つの目標に向かって歩くことだ。そしてその目標は、私の道程でもなければ私の生でもない。それはわたしがわたしの生を賭けるもの、したがって私の生の外に、彼方にある何物かである。もしわたしが一人で私の生の中をエゴイスティックに独歩する決心をしたとすれば、わたしは前進しないし、どこにも到達しない。わたしは同じところをどうどう巡りする。これが迷路であり、どこにも通じていない道、自己自身の中を歩き回るにすぎないので、自己の中で迷いこんでしまう道なのである。

208

創造的な生は、厳格な節制と、高い品格と、尊厳の意識を鼓舞する絶えざる刺激が必要なのである。創造的な生とは、エネルギッシュな世であり、それは次のような二つの状況下においてのみ可能である。すなわち、自ら支配するか、あるいは、われわれが完全な支配権を認めた者が支配する世界に生きるか、つまり、命令するか服従するかのいずれかである。しかし服従するということはけっして忍従することではなく――忍従は堕落である――その逆に、命ずるものを尊敬してその命令に従い、命令者と一体化し、その旗の下に情熱をもって集まることなのである。

213

-/-大部分の国において、市民がもはや自分の国家(ステート)に尊敬の念をもっていないことが分かるだろう。したがって国家の制度の枝葉末節を別のものに置き代えても意味をなさないだろう。なぜならば、尊重されていないのは制度ではなく国家そのものであり、国家はあまりにも小さくなってしまったからである。

217 cf.218-219

-/-ウルブスやポリスもそれとまったく同じように、空地、つまりforum, agoraから発足したのであり、それ以外の部分はすべて、この空地を確保し、その内輪郭線を明示するための手段にすぎないからである。ポリスの起源は、住居の集合体ではなく、市民の集会所であり、社会的な役割のために区画された空間であった。ウルブスは、牧舎や家(domus)のように外気から身を護り生殖するといった個人的・家庭的な必要性を満たすために造られたのではなく、社旗的な事柄を論ずるために造られたのである。-/-

220-221 cf.222/233/236/237

わたしがいいたいことは、国家(ステート)というものは、人間に対して贈り物のように与えられる一つの社会的形態ではなく、人間が額に汗して造り上げてゆかなければならないものなのだということである。国家は、流民の群れとか部族とか、その他自然が人間の協力を必要とせずに作りあげてゆく血縁関係にもとづく社会とは違う。何故ならば国家は、それとは逆に人間が血縁的に属している生まれながらの社会から脱却しよと努力する時に生成し始めるものだからである。値の代わりにその他の自然的原理、たとえば言語をとってもよい。本源的な国家は、多種の血と多種の言語の結合にある。つまり、国家はあらゆる自然的な社会の超克であり、混血的で多言語的なものなのである。

226-227

デモクラシーの健全さは、それがどのようなタイプのものであっても、またどのような段階のものであっても、一に選挙という貧弱な技術的操作にかかっている。それ以外のものはすべて二次的な意味しかもっていない。-/-

241-242

国境は国民性の形成の積極的基盤ではなかったわけだが、それでは国民性(ナショナリティー)の形成における国境の役割とは何だったのだろうか。その答えはきわめて簡単であるとともに、都市・国家に対する国民国家(ナショナル・ステート)の真の原動力を理解するためにきわめて重要である。つまり国境は、すでに達成されている政治的統一をそれぞの時点において強固ならしめるために役立ってきたのである。したがって国境は、国民国家の原理(principio)ではなく、その逆に、始め(principio)は障害物であり、それが取りのぞかれた後の国境は統一を確保するための物質的な手段だったのである。 ところで、種族と言語もこれとまったく同じ役割をもっている。種族あるいは言語による自然的な共同体が国民国家を形勢舌のではなく、その逆に、国民国家はその統一への意欲の実現に際して、他の多くの障害物と同様に、つねに多くの種族や言語に直面しなければならなかった。そしてそれらを力強く支配した時、血と言語の比較的均質な統一が生まれ、それが統一を強固ならしめる上に役立ったのである。 ...242 cf。244 われわれは、国民国家の秘密は、国民国家を国民国家たらしめている独自の原動力、つまりその政治そのものに探し求めるべきであり、生物学的もしくは地理学的な性格をもった他の無縁の原理に求めるべきではないという決断をする必要があるのである。

246-247 cf.249

「過去に共同の勝利をもち、現在に共通の意味をもつこと。今までに共同で偉大なことをなし遂げ、今後もさらに偉大なことをなさんと欲すること。以上が一民族たるための基本的条件である。過去に関しては栄光と悔恨の遺産であり、未来に関して実現すべき共通の計画である……一国家(ネーション)の存在は日々の人民投票である」。 以上が有名なルナンの定義である。この定義が異常な成功を収めたのはなぜだろうか。それが最後の一句の魅力によるものであることは明らかである。国民国家(ネーション)が人民による日々の評決によって成り立つのだという考え方は、われわれに一種の解放感を与える。共通の血、言語および過去は静的で、宿命的で、硬化した無気力な原理であり、牢獄である。もし国民国家がそれらのみに存するとすれば、国民国家とはわれわれの背後にあるものであって、われわれとしてはなすべきことは何もないだろう。つまり、国民国家とはかくあるものであって、かく形成するものではなくなってしまうだろう。さらに国民国家が誰かに攻撃されたとしても、それを守ることすら無意味になってしまうであろう。 人間の生は、望むと望まざるとにかかわらず、つねに未来の何かに従事しているのである。われわれは今の瞬間にありながらそこから来るべき瞬間に気を配るのである。だからこそ、生きるということは、つねに休むことも憩うこともない行為である。なぜ人々は、あらゆる行為は、一つの未来の実現であることに気づかなかったのだろうか。われわれがこの瞬間に追憶するのは次の瞬間に何かを達成せんがためである。その何かが単に過去をふたたび生きる喜びであってもかまわない。この寂しくつつましやかな喜びも一瞬前には望ましい未来に思えたのであり、それだからこそわれわれはそうするのである。つまり、人間にとっては、未来と関連していないものはすべて無意味だといえるのである。

252-253 cf.261-262

ヨーロッパの諸国民国家(ネーション)の形成はつねに次のようなリズムに従って行なわれてきた。その第一の段階では、国家(ステート)とは諸民族を一つの政治的・精神的共同体に融合することだとする西欧人独得の本能が、地理的、人種的、言語的に最も近い集団の上に作用し始める。それは、こうした近隣関係が国民(ネーション)を鋳造するからではなく、隣接者間の差異はより容易に克服しうるという理由からである。その第二の段階は、内部強化の時代であり、新国家(ステート)の枠外にいる民族を異質のもの、あるいは大なり小なり敵とみなす段階である。つまり、国民的発展段階が排他的な様相を呈し、国家内に閉じこもる傾向を示す時期である。要するに今日われわれがナショナリズムと呼んでいるものがこれである。しかし、政治的には他民族を異邦人、競争相手というふうに感じながらも、現実には経済的、知的、精神的に彼らと共存している。国家主義的戦争は技術的・精神的な格差を均等化する役割をもっている。従来の敵同士は次第に歴史的に等質化してゆく。そして、敵であるそれらの民族も、われわれの国家(ネーション)と同じ人間サークルに属しているのだという意識が徐々に頭をもたげてくる。それでも彼らを異邦人で敵対者だとみなすことにかわりない。さて第三の段階は、国家は完全な国内統合を達成する。そこで新しい事業、つまり、昨日まで敵であった民族と融合するという事業が現われる。昨日までの敵は、精神的にも利害関係の面でもわれわれの近親者であり、彼らよりもさらに遠く離れたより疎遠な他のグループに対して共同して一つの国民的サークルを形成しているのだという確信が増大してくる。ここにいたって、新しい国民的理念が成熟するのである。

271

問題は今やヨーロッパにモラルが存在しないということである。それは、大衆人が新しく登場したモラルを尊重し、旧来のモラルを軽視しているというのではなく、大衆人の生の中心的な願望がいかなるモラルにも束縛されずに生きることにあるということなのである。-/-

273

このあらゆる義務からの逃避という事実が、われわれの時代に一種の「青年」主義が形成されるにいたったというばかげているとともに破廉恥でもある現象を解明してくれるであろう。-/-人々は、青年は義務の遂行を成熟する日まで無期限に延ばすことができるのだから義務よりも権利を多くもっているのだと聞いて、滑稽にも、自分たちは「若い」のだと主張しているのである。-/-ところが、今日若者たちがそのえせ権利を真の権利とみなし、しかも 、すでに何かを成し遂げた人にのみ属するその他のいっさいの権利を自分のものとするためにこそそうした態度をとっているということには、まったく唖然とせざるをえない。

279

以下はあとがきと解説より。 オルテガが、本書で分析の対象としたのは、一九二〇年代つまり第一次大戦後のヨーロッパ社会であった。-/-

283

オルテガに関する場合、彼の「環境は自己の人格の半分を形成する」という言葉からも想像できるように、彼の環境というか、彼をとり巻く周囲世界を知ることが極めて重要である。-/-

284-285

オルテガが十五歳になった時のこと、祖国スペインは、四世紀前に世界最大の帝国を築いて以来最大の危機に直面した。一八九八年の米西戦争における敗北がそれである。この敗北は、キューバ、プエルト・リコ、フィリピン群島というわずかに残っていた植民地の全面的喪失、ならびにスペインの国際的権威の失墜という結果をもたらしたのみならず、スペインが四世紀間信じて疑わなかった自己の歴史的使命の事実上の完敗を意味するものでもあり、その意味でスペイン人を極めて大きな内的危機に陥れたのである。この苦悩に満ちた悲惨な体験に対して強烈な反応を示したのが当時の若い知識層であった。-/-彼らは、思想家であったり、小説家であったり、詩人、文芸評論家、あるいは政治家であったりといった具合でその活動分野は種々様々だったが、一八九八年の悲劇をすべての出発点とした点と、祖国を再建し、祖国をヨーロッパの水準にまで高めようとの目的意識においては完全に共通していた。-/-

287

オルテガの知的環境を考える場合、スペインの「九八年の世代」とともに、二〇世紀初頭のドイツ哲学の潮流、特に、彼がマールブルクにおいて直接学んだ新カント主義と、その後の主流をなしたフッサールの現象学及びデュルタイの生命哲学をも無視することはできない。-/-

289 cf.296/296-298

本書を一読された読者は、オルテガの該博極まりない知識に驚かされ、その精緻な理論の展開に感嘆すると同時に、その背後に、いわゆる「象牙の塔」の住人とはおよそ違った一哲学者、現実の社会の中で激しく息づく一哲学者の姿をはっきりと見てとられるに違いない。こうした哲学者オルテガの特異性は、彼が時代的要請、社会的要請に対して自分の専門をもって積極的に答えよう、というよりも、彼のいう「真の選べれた少数者」として真正に生きようとする強い自覚と意志をもち、それを実践したからに他ならない。-/-

292

-/-オルテガが最終的に目指したものは、つまるところ、社会の自由な自発的エネルギー――それは常に新しい社会の存在形式を求めていく感動である――によって政治をそして社会的なあらゆる組織、制度を国民化(ナショナリゼーション)していくことであった。その意味では、彼の政治活動のスローガンは「自由主義と国民主義」であったといえる。-/-

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