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もっとさっさとやっておくべきであった。

断片 (このサイトのどこかにあるもの)

六十点主義で速決せよ。決断はタイムリーになせ。決めるべきときに決めぬのは度しがたい失敗だ??土光敏夫


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[増補] 無縁・公界・楽
日本中世の自由と平和

書誌

author網野善彦
publisher平凡社ライブラリー
year1996
price1165+tax
isbn4-582-76150-X

目次

1感想
2抄録
3.
4.
5.
6.
7.
8.
9.
10.
11.
12.

履歴

editor唯野
2019.7.16読了
2019.7.17公開

日本中世史に多大な影響を与えた本としてあまりにも有名であるが、長らく本棚に並んだままとなっており、ようやく読んだ本である。当時の世情も反映しているのかもしれないが、著者は日本中世での「無縁」「公界」「楽」を、世界的に原始から続くアジール(聖性と穢性の狭間)のひとつとして、さらには封建社会の確立に対抗する民衆に広く存在した普遍的なものとして、非常に広範な論考を重ねている。

個人的には日本中世での「自由」「平和」「平等」(もちろんその意味は近現代のそれとは異なる)が「無縁」という、有縁ではないことを根拠として成り立っていたのが非常に興味深かった。そして「無縁」であるがゆえに「平和」が保障され、戦争では使者となり、さらには同じく無縁の領域である金を扱うようになる。それが本来の勧進のような喜捨から、権力の支援を得た関料などに発展・変化していく過程に至るまでを詳述しているのだが、全体を通し私から見て、この本のダイナミズムが発揮されるのは以下の二点である。

ひとつは、そのような「無縁」「公界」「楽」の領域を複数の場(寺、浜、堺、門前など)のみならず、禅律僧、職人(当時の非農業民)、女性、童子など極めて広範にとらえ検証していること。これによって著者は「無縁」世界の広がりと連続性に根拠を与えている。もうひとつは、上述した喜捨が集金に堕していったように、権力者による「無縁」の弱体化までを読み解き、「無縁」がその力の根拠であった「無縁」さを、自らの発展によって失っていく様まで描き切っているところにある。

そのため刊行当時において本書が一般人から歓迎され、専門家からは冷笑されたというのも大いに頷ける。なぜなら、この本は歴史書というよりも壮大な思想書の体をなしているからだ。しかしながら、後書きでも触れられているように、この本の重箱の隅をつついて異論や誤りを唱えることはできても、本書以上にスケールのある歴史の展開を示すことは極めて難しい。さながら社会主義国家が崩壊してもマルクスの唯物史観が生き続けているが如きである。

そういう意味では、この本は古典であると同時に、現在でも十分に一読に値する歴史書といってよいと思った。

抄録

6

ただ、念のため、ここで断っておきたいのは、本書の副題の「自由」と「平和」を、西欧の近代以降の自由と平和と、直ちに同一視しないでほしい、ということである。もちろん、本文でも縷々(るる)のべるように、括弧つきで表わした「自由」と「平和」は、それと無関係どころか、これを基盤としてのみ、近代以降の自由と平和の理念は生まれた、と私は考えている。しかし、「自由」と「平和」は、あくまでも原始以来のそれであり、その実体は時代とともに衰弱し、真の意味で自覚された自由と平和と平等の思想を自らの胎内から生み落すともに滅びていく。だからこそ、世俗の世界から、この「自由」と「平和」の世界に入ることはできても、その逆の道を戻ることは次第に困難、かつときには「絶望的」と思えるほどになっていくのである。-/-

7

-/-こうした側面に立ち入るよりも、本質的に世俗の権力や武力とは異質な「自由」と「平和」――本書でいう「無縁」の原理が、人類史と、この日本の自然の中に生きてきたわれわれの祖先たちの生活に及ぼしつづけてきた、はかり知れない影響の大きさ、その「再生」への展望を、私はできるだけ強調したかったのである。

21-22

江戸時代、女性には離縁権がなかった。たとえ夫の方に非があり、それを詫びるために離婚する場合ですら、三行半の離縁状を書き、妻を離縁するのは夫であった。それ故、基本的には、いかなる専横な理由であっても、夫は自由に妻を離婚しえたといってよい。

とはいえ、妻の側に離婚ののための手段が全くなかったわけではない、夫が妻の衣類などを妻の同意を得ずに質入した場合とか、妻が親元に帰ったのを、夫がそのまま三、四年放置しておいた場合などには、妻の離婚の意志は認められた。

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