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ダルタニャン物語
第2部 20年後 (3-5巻)

書誌

authorA・デュマ
editor鈴木力衛(訳)
publisherA・デュマ
year鈴木力衛(訳)
price講談社
isbn?

履歴

editor唯野
1997.11.17読了
1997-1998公開
2001.4.16修正

ダルタニャンといえば、「三銃士」の主人公としてあまりにも有名であるが、実はこの三銃士が「ダルタニャン物語」という一大絵巻の第一部に過ぎないことは、どれほどの方がご存知であろうか。実は、かくいう私もそういう事実を数年前までは知らず、存在を知ってからも文庫版が既に絶版であったことなども加わって、なかなか後続の巻を読むことができなかった。しかし、ようやくその一連の作品を単行本のかたちで手に入れることができ、このたび待望の第二部以降を読む機会に恵まれたのである。

そして、肝心の物語を一読しての感想はというと、とにかく抜群におもしろい。三銃士だってなかなかに長い物語であるが、それが全11巻のうちの2冊に過ぎないほどの後半の長さでありながら、項をたぐり寄せる手が止まらないほどである。まさしく、少年時代に三銃士を夢中になって読んでいたあの頃と同じ気持ちになれることは間違いない。また、鈴木氏の翻訳も名訳の誉れが高く、物語全体の雰囲気を盛り立てるのに一役買っているといえるだろう。(まあ、誤植と思われる箇所もありますが...)

あらすじ

ダルタニャンとポルトスはマザラン(=国王)配下、アトスとアラミスはフロンド側の武将として登場する。この対置を軸として物語は展開し史実を彼らが彩っていく。

まず、フロンド派によるパリ包囲から国王や王妃らの脱出をダルタニャンが手引きすると、一方、アトスらはチャールズ1世を救うべくイギリスへ向かう。そして、これを追うかたちでダルタニャンたちもまた国王の使者としてクロムウェルへの手紙を持って舞台はイギリスへ。

しかし、クロムウェルの部下 グルーモーは実はあのミレディーの息子だった。復讐に燃える彼はウィンストン卿/チャールズ1世を亡き者とすると、母の敵である四銃士とも対立。しかし、ドーバーの海での死闘の末、これまた宿命かのようにアトスによって最後は彼も命を落とすことになる。

ところが、この件が決着をみてフランスに戻った彼らを待っていたのは、マザランの命令無視(=アトスらと行動を同じくしたため)によるダルタニャンらの逮捕であった。しかし、四銃士の友情とダルタニャンの機転によって逆にマザランを捕虜としたダルタニャンは、マザランにフロンド派との和解を署名させると、更にめいめいがそれぞれに望んでいたものをも手に入れることに成功したのである。

最後は長くダルタニャンのライバルであったローシュフォールがダルタニャンの剣にかかって遂に死に、乞食の元締めとして登場したボナシューもポルトスの手によってこの世を去っていく。物語はフランスのみならずイギリス、更に国王とフロンドという対立が加わり、加えて第一部の登場人物が随所に現れることで、すんなりと第一部からのつながりとして楽しむことができる。

抄録

[第3巻 我は王軍、友は叛軍] 19-20 フロンドの由来

「でも、あの連中にいわせると、こんどのはフロンドなのだそうで」ギトーが口をそえた。

「なんだね。そのフロンドというのは?」マザランがたずねた。

「こんどの騒ぎに、あの連中がつけた名前でございます」

「どこからきたのだ、その名前は?」

「なんでも、数日まえ、参事官のバショーモンが新王宮でこんなことを言ったそうでございます。パリの堀端で「石投げ(フロンド)」をして遊んでいる子供たちは、見張りの役人に気がつくと、どこかへ姿を消してしまうけれども、役人の姿が見えなくなると、また集まってくる。こんど騒ぎを起こした連中も、子供たちにそっくりだ。ブリュッセルで叛乱を起こした身分いやしき輩と同様、みんなわれ勝ちにその名をとってフロンド党員と名乗り出したわけで。-/-

[第3巻 我は王軍、友は叛軍] 282 王権神授説とは?

-/-国王と王権とは、つねに区別しなければならんのだ。国王は人間にすぎないが、王権は神の霊なのだから、どちらに仕えたらいいか、わからなくなったら、物質的な外観を捨てて、目に見えぬ原理を選ぶようにしなさい、目に見えぬ原理こそ、すべてなのだから。ただ、この原理を有形なものにするために、神はそれを一人の人間のなかに宿したもうたのだ。-/-

国王=神ではないという点が注目されるように思う。

[第4巻 謎の修道僧] 207 パリの武装蜂起

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