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エンデ全集11
スナーク狩り
L.キャロルの原詩による変奏

書誌

authorミヒャエル・エンデ
editor丘沢静也(訳)
publisher岩波書店
year1997
price2,200
isbn0-092051-0

目次

1感想
2抄録

履歴

editor唯野
2000.10.28読了
2000.10.30公開
2001.4.14修正

副題を見ても分かるようにルイス・キャロルの劇作をリメイクしたもの。私はほとんど劇作を読まないし見ないので(シェイクスピアをほんの少しかじっただけ)、いまいちな感じの方が強い。そのため、ナンセンス色の強い原作の翻訳の方が興味深かった。しかし、読者などいないかのように勝手に持論を展開する前書きや作者自身の劇中への登場など、そういう意味での作りは文字通り全体を通して一貫している。解説を読むと、これはこれで暗喩の意味が込められているようなのだが、私には難解すぎてよく分からなかった。そんなわけでこの読書ノートも、登場人物の紹介と解説の一部の引用に留めざるを得ない内容となっている。

抄録

84-87

登場人物の紹介。シャム双生児(キャロル氏とドジソン氏)、廷吏、パン屋、肉屋、ビーバー、弁護士、銀行家など。

185-186 解説より

エンデが挙げるのは、サミュエル・ベケットである(そう、ブレヒトと反対の側から現代演劇に衝撃を与えた劇作家だ)。ただし、「ゴドーが誰であるか、もし知っていたなら、私は作品のなかに書いたであろう」というベケットの有名な言葉を引用する代わりに、エンデはずばり「*スナーク* と *ゴドー* は双生児」であると言う。確かに、どちらもどこにいるのか、何者なのか、救いなのか禍いなのか、さっぱり分からないという点で、共通する。どちらの作品についても、批評家がむりに分かろうとして「意味」を蒸留するのは空しいわざであり、読者・観客各人が思いのままに反応するしかない。

だが両作品は一点において、大きく違っている。キャロルでは、人物たちがその分からないものを狩りにわざわざ出かけていくのに対し、ベケットでは、それが向こうからやってくるのを待ちつづけるということだ。エンデがいうように「プラス・マイナスの符号」が逆になっている。

この逆転は、キャロルの時代からベケットの時代にかけて、人間が世界における自分の存在感をいかに失うにいたったかを、鮮やかに示している。キャロルの「狩人」たちは「まったく完全にまっ白の海図」を頼りに、わけの分からない獲物を求める衝迫に駆られて、滑稽ながらともかく英雄的な旅に出ることができたが、ベケットのチャプリン風クラウン二人は「なぜ自分たちが存在しているのか」を説明してくれる相手の到来を、あてもなく待つだけだ。確かに、前者の「ノンセンス」と後者の「不条理」のあいだには、多くのことがあった。フロイト、ダダ、二つの世界大戦、ナチズム、ホロコースト、スターリニズム、原爆……。

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