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エンデ全集 18-19
エンデのメモ箱 (全2冊)

書誌

authorミヒャエル・エンデ
editor田村都志夫(訳)
publisher1998
year\2,300+\2,200
price0-092058-8
isbn59-6

履歴

editor唯野
2000.5.7読了
2000.5.9公開
2003.1.2修正

エンデ全集の最後を飾るのは、エンデが創作のために残した膨大なメモや書き付けを整理・集成した、その名も「メモ箱」である。(実際、この本がエンデにとって生前では最後の本となった。)そして、確かにその名にたがわず本書には散文から戯曲から言葉遊びまで、ジャンルを問わないエンデの言葉の数々が織り込まれている。作家のこういう世界を見るのは、作家を知る上での正攻法とはいえないのだろうが、一読者の側からしてみると非常に興味深くおもしろいのも事実である。実際、私も大変楽しみながら読ませてもらった。「やっぱりエンデはおもしろい !」と実感させられた文章の玉手箱だったと思う。

ちなみに印象深かったものを挙げると、上巻では「ニーゼルプリームとナーゼルキュス」「魔法の時計」「平行ものがたり」「悪の像」「時間」「想像力」。下巻では「演劇批評家」「無意義への殉教者」「運命の象形文字」「見知らぬもの嗜好症」「最終の待合室」「死についての対話」などだった。

抄録(上巻)

47-51 「愛読者への四十四の問い」より

人生の問題に直面していて、ぴったりのときに、ちょうどぴったりの本を手に入れ、ぴったりのページを開き、まさにぴったりの答えを得たとすれば、それは偶然だと思いますか ?

天使や悪魔や奇跡について聖書は語りますが、それでは聖書はファンタジー文学に属するのでしょうか ?

トルストイが書くモスクワ、フォンターネが語るベルリン、モーパッサンが描くパリ、これらの都市は現実にあるのか、あるいはそもそもかつてあったのでしょうか ?

戦争の残虐さからなにも学ばず、自分も変わることなく戦争を体験した者に、戦争の残虐さの叙述がなにかを教えたり、そればかりかその者を変えることができるでしょうか ?

千人の苦しみは、一人の苦しみよりも大きいのでしょうか ?

それを表す言葉がまだない、そのようなものを考えることができますか ?

詩を??理解した?≠ニいうとき、それはどのようなことなのでしょうか ?

すべては無意味だと、人に説きつづけてやまないニヒリストを駆り立てるものは、何なのでしょうか ?

恐ろしい拷問死を、美しい絵、美しい音楽、美しい詩句で表現するとき、なにがそれを正当化するのでしょうか ?

読者と本のあいだに生じることは、どこで起こるのでしょうか ?

芸術は省略にあるとすれば、最高の芸術とはなにもしないことではないでしょうか ?

そもそも読者に詩人を理解する義務があるのでしょうか ? あるいは詩人に読者が理解できるように書く義務があるのでしょうか ?

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