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フエンテス短篇集
アウラ・純な魂
他四篇

書誌

tagラテン
authorフエンテス
editor木村榮一(訳)
publisher岩波文庫
year1995
price520
isbn0-327941-7

目次

1感想
2抄録

履歴

editor唯野
2000.11.17読了
2000.11.21公開
2000.11.21修正
2012.1.17タグ追加

メキシコの作家であるカルロス・フエンテスの作品を集めた一冊。物語はいずれも独特の雰囲気を醸し出しており、大いに楽しませてもらったが、それに加えて本書の作品には展開の妙がある。例えば、冒頭の「チャック・モール」は蘇ったチャック・モールと過ごす友人の話として始まり、物語は主人公がまさにチャック・モールと対面する場面で終わっている。また、個人的に最もおもしろかった「アウラ」も時間を超えて同時に存在する二つの人格(アウラとコンスエロ夫人)に対する出会いの物語といえなくもない。

解説を読むと、フエンテスは少年期を海外で過ごした結果、メキシコというものに対しても一定の距離を置いている部分があるという。そして、そうした上で彼はメキシコ人としてのアイデンティティを作品で問うた。それは次のような円環として捉えられたものの見方として結実している。

-/-しかし、それから二十年後にニューヨークを訪れた彼が見いだしたのは、無数の人でひしめき合っている大都会、古び黒ずんだ工場、あるいは廃車、屑鉄、瓦礫、塵芥の山に悩まされている巨大な廃墟の町でしかなかった。機械文明がたどりついた廃墟を目の当たりにして彼は、これこそ終末の廃墟だと考える。一方、すべてが約束されていながら何ひとつ成就されずに放置され、あちこちに古代文明の遺跡が残されているメキシコは、いってみれば再生の可能性をひめた始原の廃墟にほかならないのだと考え、少年時代に受けた心の傷が癒されたように感じたと語っている。つまり、フエンテスの描くチャック・モールという古代の雨の神は、円環する時間・始原・はじまりの象徴にもなっているのだ。(p.224)

つまりマヤやインカの文明は決して滅んだのではなく、現在のメキシコ人の根底に生き続けているのだということ、そのための近代的な線形ではない時間の捉え方ということである。しかし、冒頭にも書いたようにそういう底流を度外視した魅力がこの本にはある。「アウラ」「チャック・モール」だけでなく「女王人形」もよい。小説好きならば新しい発見のある一冊だと思う。

抄録

106 「女王人形」より

-/-アミラミアのいない世界で僕は何年生き続けてきたのだろう。彼女は最初僕に忘れ去られることでこの世から姿を消した。そしてつい昨日、悲しくも無力な追憶によって蘇ってきたばかりだ。いつ行っても人のいないあの公園で嬉しそうにその灰色の大人びた目をくりくりさせていたが、あれから何年経つのだろう。アミラミアは頬をふくらませたり、口をすぼめたりしたが、あれは束の間の命しかないものを見つけ、それを大切にしたいという時にする、真剣な儀式だということに今になってようやく思い当たった。

もちろん、こういう懐旧をそのままでは終わらせないラテン文学的な読者の裏切り方も秀逸である。

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