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ゲーテ=カーライル往復書簡

書誌

authorゲーテ, カーライル
editor山崎八郎(訳)
publisher岩波文庫
year1949
price570
isbn0-324076-6

目次

1感想
2抄録

履歴

editor唯野
2004.3.15読了
2004.4.11公開
2004.6.28修正

書名の通りの本だが、内容的には教育者的態度を取る晩年のゲーテに対して 30 歳頃のカーライルが一方的に敬慕の念を示し、お互いが贈り合った品物について謝意を示すというような文面のものが多い。とはいえ、この頃の文人にとっては手紙も文学表現のひとつであり、重要なドキュメントであったことなどを知ることができ、読み物としてよりは当時の文人の姿を知る上で意義のありそうな本である。エッカーマンやカーライル夫人など両者の関係者も登場するが、そういう意味でも本書は研究者向けな本(?)と思われる。

# 要するにあんまりおもしろくない...
# なお、引用は旧字を全て新字に改めた。

抄録

14

凡ゆる国民の最高の詩人や美学的著述家達の努力が、すでに遠い昔から、普遍人間的なものに向けられていることは明らかです。凡ゆる特殊なものの中にも、それが歴史風に、神話風に、寓話風に、多かれ少なかれ勝手気侭に工夫されようと、それぞれの国民性や人格を通してこの普遍的なものがますます多く洩れ出て、光を発するのが見えるでしょう。

16

コーランに、「神は各民族に、各々みずからの言葉において預言者を与えた」という言葉があります。同じように凡ゆる翻訳者はその民族にとって預言者です。ルッテルの聖書翻訳は、今日に至るまで絶えず批評の対象となり、あら探しをされてはいますが、最大の影響を与えました。聖書境界の膨大な全仕事は、各国民にそれ自身の言葉で福音を伝える以外に、いったいどんな仕事をもっているでしょうか。cf.144-145

48

だがこれらの不調和に対して辛抱強く戦い抜いた時に、そして、努力と行為によってのみ苦悩と忍従とから快復しうることを認識し、また欠点(と思われる:唯野注)に対しては業績が、過誤に対しては補償が求められ、見出さるべきであることを認識した時に、この人間は新しく生れ代(ママ:唯野注)った人間として喜びを感ずる。

213 解説より

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