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緑の家

書誌

tagラテン
authorマリオ・バルガス・リョサ
editor木村榮一(訳)
publisher新潮文庫
year1995
price800
isbn10-245301-6

目次

1感想

履歴

editor唯野
1999.1.1x読了
1999.1.24公開
2002.11.28修正
2012.1.17タグ追加

非常にラテンアメリカ文学の王道をいっているという感じの小説。実際に本書はラテン文学を代表する一作であり、また、リョサの名を世界的にも不動にした作品である。その物語は??小説というものの決まりごとさえもが次々と壊されていくかのような躍動感に満ち溢れたもの??とでもいうべき内容だ。つまり、この物語の中では複数の時間や場所が固定されずに同時進行している。「何だ、そんなことか」と思うことなかれ。なぜなら、この物語では何の前触れもないままに、いきなり別の場面の物語が展開されていくからである。そのための空行や改項はもちろんない。読者が自分で「これは別の場面だ」と気付くまで、あまりにも普通の文脈の中で舞台が入れ替わっていくからである。もちろん、読者も始めはその物語の展開にとまどうのだが、いつしか物語の中に吸い込まれ、その不思議な雰囲気の虜になってしまう。そういう意味での前衛的な手法とストーリーとの非常にうまくミックスされているのが一番の特徴となっている。

そもそも、私がこの手の手法に初めて接したのはファン・ルルフォの『ペドロ・パラモ』(岩波文庫)だったが、それ以来、私もすっかりラテン文学ファンになってしまった。本書の訳者による解説は「小説の危機、もしくはその死が囁かれて久しいが(中略)ふと、ラテンアメリカの現代文学の場合は大分事情が違うのではないだろうかと考えた」という一文で始まっているが、個人的にもこれはまさに「我が意を得たり」という感じだった。

ちなみに、表題にある「緑の家」とは、作中に登場する娼館のことであるが、あまりこういった一部の主題にとらわれてしまうと、かえって作品全体が分からなくなってしまう。ハープ弾きや謎の日本人といった登場人物と現代のペルーが抱える多様な時代性と、そしてそれらの交錯してくる部分とをまとめて楽しむくらいの方がいい。とっつきにくい作品ではあると思うが、かといってあまりに身構えてしまうと、それはそれで作品への感情移入が難しくなってしまうように思えるからだ。

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