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砂の本

書誌

tagラテン
authorボルヘス
editor篠田一士(訳)
publisher集英社文庫
year1995
price781+tax
isbn8-760240-0

目次

1感想
2抄録

履歴

editor唯野
2002.6.16読了
2002.6.22公開
2002.6.22修正
2012.1.18タグ追加

表題作と「汚辱の世界史」という、ふたつの短篇集を収めた本。いずれもとてもおもしろく、期待を裏切らない内容だった。そうでなくても後者には忠臣蔵絡みの逸話(「無作法な式部官 吉良上野介」)が収録されており、編集の意図もあるのだろうが構成的にも手頃感がある。それで特によかったのは、サーガの剣の引用から始まる男女の刹那の出会いを描いた「ウルリーケ」、正体不明な「会議」の誕生から消滅までを回想的に扱う「会議」、宮廷詩人が王に与えた 3 つの言葉のもたらしたものを描く「鏡と仮面」、無限の項数を持った本が主題の「砂の本」、死後の世界でなお虚飾をする神学者の顛末を描く「死後の神学者」などだった。

解説ではフーコーがボルヘスに触発されたという、中国のものとする架空の百科事典における動物の分類の逸話がここでも紹介されている。それは「(a) 皇帝に帰属するもの、(b) 芳香を発するもの、(c) 調教されたもの、(d) 幼豚、(e) 人魚、(f) 架空のもの、(g) 野良犬、(h) この分類に含まれるもの、(i) 狂ったように震えているもの、(j) 無数のもの、(k) 立派な駱駝の刷毛(はけ)をひきずっているもの、(l) その他のもの、(m) 花瓶を割ったばかりのもの、(n) 遠くで見ると蝿に似ているもの。」(p.267)というもので、まあこれを変だとだけ思うか、おもしろいと思うかが、ボルヘスがおもしろいかどうか、もっといえば私の読書傾向とも近いかどうかにつながる分かれ道だろう。

また、同じく解説によれば訳者が日本において最初にボルヘスを紹介した人ということらしい。(まあ、今だからいえることとして四半世紀ほど前に「ボルヘスがおもしろい」といえれば最先端だったのかもしれません。)

抄録

13

「わたしの夢はもう七十年もつづいているんだよ。結局のところ、思えば、自分自身に出会わない人間はひとりとしていないのだ。-/-」

19

無駄に、半世紀が過ぎるわけではない。さまざまな人物や、あれこれの読書や趣味について交した会話から、われわれは、もはや、たがいに理解することは不可能だと分ったのである。二人はあまりに似ていながら、あまりにもちがっていた。二人は、たがいに相手を欺くことができず、そのことが対話を困難にしていた。わたしたちは、それぞれ相手のカリカチュアとなっているというわけである。こうした状態はあまりにも異常であったから、それ以上、長続きはできなかった。助言も議論も無用だった。なぜなら、いずれは、わたしという者になることが、彼の避けがたい宿命だったのだから。

66

この失敗は予測していた。しかし、予測することと、それが実現することとは、全然別のことである。

69

わたしの足が、梯子の下から二段目にかかった時、何かのしかかるような、そして緩やかで、複数のものが、斜面を昇ってくる気配を感じた。好奇心が恐怖にうちかち、わたしは両眼を閉じなかった。

こういう終り方がすごいというかさすがというか、うまい言葉がみつからない。

82-83

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