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トニオ・クレーゲル ヴェニスに死す

書誌

authorトーマス・マン
editor高橋義孝(訳)
publisher新潮文庫
year1967
price220
isbn202201-Y

履歴

editor唯野
2001.1.25読了
2001.1.31公開
2001.2.5修正

いずれも芸術家の精神を主題にした中編ふたつから成る本。圧倒的におもしろかったのは前者の方で、特に芸術家の話をするトニオにリザヴェータが俗人だと評する辺り、そしてそれを受けるトニオの反応がいい。

「あると思うわ。??お話はよく拝聴していたのよ、トニオさん、始めから終りまで。そこでね、あなたが今日の午後おっしゃったこと全部にあてはまるようなご返事をして差し上げようかと思うの。またそのご返事がね、あなたがそんなに悩んでいらっしゃる問題の解決でもあるのよ。いいですか、それはこうよ、そのお答えというのはね、そこにそうして坐っていらっしゃるあなたという人はね、あっさり言ってしまえば俗人です」

「私が」と言って、トニオ・クレーゲルはややはっとした態である。

「ほらごらんなさい。痛いでしょう、そうね、それでなくちゃいけないのよ。ですからね、ちょっと減刑してあげましょう、なぜってその余地があるの。あなたはね、トニオ・クレーゲルさん、道を踏み迷った俗人です??迷える俗人なんです」

??沈黙がきた。続いて彼は決然と立ち上がり、帽子とステッキを手にとった。

「ありがとう、リザヴェータ・イヴァーノヴナさん。これで安心して家に帰れます。私は『片づけられて』しまったのです」(p.54-55)

私などは芸術家と聞くと何となく身構えてしまうような感じがあるが、それをさらりと否定してみせるのみならず、素直に受け入れてしまう展開はとても小気味がよかった。こういう一節に出会えるのも読書の醍醐味のひとつだと思う。

# 次はいよいよ『魔の山』かしら :-)

主要登場人物

トニオ・クレーゲル 主人公
ハンス・ハンゼン 友人
インゲボルク・ホルム トニオが恋焦がれる娘
フランソワ・クナーク 舞踏の先生
マクダレーナ・フェルメーレン トニオに思いを寄せる娘
リザヴェータ・イヴァーノヴナ トニオの友人の芸術家
--
グスタフ・アシェンバハ 主人公
タドゥツィオ アシェンバハが魅せられた少年

抄録

41

-/-……全く事実はそのとおりなんです。リザヴェータさん、感情っていう代物は、暖かい心のこもった感情っていうやつは、いつだって平凡で使いものにならない。芸術的なのはね、われわれの職人風の神経組織の焦立(いらだ)たしさと氷のような忘我だけなんです。-/-

48

-/-むろん表現のもたらす快楽は大いにあるわけですがね、それにしたって時には少々やりきれなくなることがありますね。すべてを理解するとはすべてを許すってことでしょうか。どんなものですかね。認識の嘔吐と言いたいような何かがあるんですよ、リザヴェータさん。ある事柄を見ぬくだけでもうそれが死ぬほどいやになってしまう(しかもそれを許すなんて気持には全然なれない)、そんな状態がある。-/-

93

彼は着物を脱ぎ、身を横たえて、灯を消した。彼は二つの名前を枕の中へ囁いた。彼のためには本来の根本的な愛と苦悩と幸福との本質を、生命を、単純で切実な情念を、故郷を意味する、あの清らかな北方の幾綴りかを囁いた。彼はあの当時から今日の日までのあいだに流れ過ぎた幾年かを顧みた。自分が生きぬいてきた官能と神経と思想のすさんだ冒険を回想した。そして、皮肉と精神とに食い尽され、認識に荒らされ痺らされ、創造の熱と悪寒とにもう半ばすりへらされ、極端な二つの世界のあいだを、神聖と激情のあいだを良心の苦悩にさいなまれながら翻弄され、狡猾になり、貧しくなり、冷たい人工的に作り上げられた興奮状態に精根を使い果たし、混迷しすさみきって悩まされ病みほうけた自分の姿を見た。??そして、悔恨と郷愁にすすり泣いた。

160

作家の幸福とは、全く感情になりきってしまえる思想を持つことである。全く思想になりきってしまえる感情を持つことである。-/-

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