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アジアの歩きかた

書誌

author鶴見良行
publisherちくま文庫
year1998
price680+tax
isbn480-03389-0

目次

1感想
2抄録

履歴

editor唯野
2001.1.16読了
2001.1.29公開
2001.2.16修正

『バナナと日本人』などで有名な人の本。本を読むのは初めてだが、全体を通して主張されているのは「歩いて調べる」ということの重要性である。それが著者の方法論から表現にいたる全体を貫いている。それだけに、普通の本では得にくいような見識や視点にあふれた本になっているともいえる。

本書の中でも指摘されていることであるが、実際問題として我々は東南アジアに関する知識をどれほど持っているのだろうか。確かにいわれてみれば、私もそれほど多くはない...というのが正直なところのような気がする。そして、その原因のひとつとして、詳述されているように我々の無意識のレベルにおける、東南アジアに対する蔑視的な感情があるということも事実だろう。学際的な知識というものを、そこまで発展させるのだということ。それこそが宮本常一や著者のやってきた「歩く学問」の本質なのではないかと思った。

抄録

16-19

ミンダナオへの移住政策を推進したのは 1930 年代のケソン、50 年代のマグサイサイ、70 年代のマルコスの各大統領だった。スペインよりフィリピンを譲り受けたアメリカにはミンダナオにおける「未開の同化」志向が強く、逆にいうとそれだけにミンダナオのフィリピン化が(ミンダナオをアメリカに取り上げられないためにも)ケソン大統領には必要とされた。そしてマグサイサイ大統領ではミンダナオの共産党ゲリラ鎮圧に並行して、マルコス大統領では外資による開発政策との関連において行われた。そして、それらクリスチャン・フィリピノによる移住はムスリムの土地に対して行われた。(ミンダナオはイスラム教が強い cf.126)

21

ここでまた脇道へ入りたい。私は今日、月に五、六回の割合で東南アジアについて講演の要請を受ける。たいへん不思議に思うのは、会場に地図が用意されたためしがない。小学校がもっともよく、大学は最低である。立体を平面に写しとるのだから、地図にも歪みや抽象があるのは当然だが、地図を見て考えるのとそうでないのとではずいぶん大きな違いである。地図の用意されていない会場は、日本人のアジア理解がいかに観念的であるかをしめしている。具体的に考えるのはそれほど軽視されていいことではない。そう書いて思わず涙がにじんでくるほど、私はそのことを口惜しく思う。

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