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藤原新也の動物記

書誌

author藤原新也
publisher新潮文庫
year1991
price560
isbn10-122012-3

目次

1感想
2抄録

履歴

editor唯野
2000.10.23読了
2000.10.25公開
2000.12.8修正

大人のための寓話。これがいい本なのか悪い本なのかの判断は、私にはつきかねる、何というか非常につかみどころのない話を集めた本である。著者のインドで体験した動物との挿話をまとめたものなのだが、著者の意図などさっぱり分からぬのに妙な読後感はあるという、まあそういう意味において大いに毛色の変わった雰囲気に満ちている。恐らく部分の引用でこの本のことを伝えるのは無理だと思うので、その気のある方には最後に収められている「ノア」の読まれてみることをおすすめする。直視と俯瞰をごった混ぜにしたような、この人でしか書けないような物語絵巻に接することができるだろう。

# そういえば、本書はこの人の本には珍しく写真が全く出てこない代わりに
# これまたたくさんの風変わりな絵が登場する。

抄録

9-10

-/-しかし猿は科学と文明を持ち、その恩恵によって海山川空森草土砂、そのどれにも棲むようになった。そして今日では唯一このニンゲンという動物のみが海のものとも山のものとも知れず、所在なきものとなってここはどこか、そしてわたしはだれかという自己の存在のアリバイ捜しに明け暮れている。

他の動物には生きることと場所とが結びついているのに対してということ。

22-24

というのは、ロバという動物は勤勉によく働くという通念があり、また実際に、傍目にはまめに働いている。しかしよくよく観察してみると、あれは働くことを好んでいる動物とは、どうしても思えないのである。むしろ使役動物の中でも、最も働くことに興を感じていない動物であるように私には思える。 cf.23

その根拠としてロバは歩幅が狭くそして頭を上げないからだ...と続いていく。

30

たとえば、牛馬、ラクダ、ロバ、それぞれ家畜としては五、六千年の忍従の歴史を持っているといわれるが、現在その中でも最も従順にみえるロバが、当初は家畜としては一番制御しにくい動物であったという話がある。その話は、野生の狂気を匂わせるあの啼き声と妙に符合する。

40

キリスト教やイスラム教では人間が一番偉い動物だが、これがヒンドゥ教や仏教になると人間よりも偉い動物がたくさんいるという話。

51

私はこの土地で、私達が食べることの出来る食物には、捨てる部分がないという単純なことを知った。と言うより、この土地には「捨てる」という概念がないのである。このようにして、デルタの住人は生きている。神の恵みを頭から尻っぽまで食べ尽くし、それがゆえに有難く平穏に生き永らえている。

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