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ガラスの仮面の告白

書誌

author姫野カオルコ
publisher角川文庫
year1992
price390
isbn4-183501-1

目次

1感想

履歴

editor唯野
2002.7.9読了
2002.7.15公開
2002.7.15修正

読書もいつも好きな作家ばかり読んでいては、いつも好きなものばかり食べているようなもので栄養に偏りが生じる(?)。だから、たまに背伸びもするのだが、今回は駄目であった。どうも相性がよくなく、最後まで反りが合わないという感じだった。

とはいえ、別に著者のことを全く知らずに一見で読んだのかというと、そういうわけではない。以前、マガジンハウスの『ダカーポ』を読んでいた頃にはエッセイが連載されていて、これがなかなかよかったから「それなら一度、書籍も読んでみよう」というつもりではいたのである。私は、著者が SM 小説の方で賞を取って作家デビューしただとか、そういう経緯は本書で初めて知ったが、そんなことはどうでもよい。まあ、その作家の特徴というか世間の耳目を集める分にはおもしろいとは思うが、当世は私ごとき何の素養のない人間でも Web 上では好きなことを書ける時代なのである。もっといえば作家の来歴自体までフィクションな作家だっているだろう。(例えば、井伏鱒二の『黒い雨』がほとんど盗作だったとか。)それゆえ、そういう著者自身に対する世間とのギャップなどという内容も今回は私の中には響いてこなかった。要はおもしろくなかった。

これは清水義範や原田宗典、出久根達郎などでも感じるのだが(私が自分で読んだことのある作家の範囲ということ、もちろんおもしろい作品はおもしろいです)、なんというか最近の作家の人のエッセイは当り外れの大きい気がする。門外漢であることを承知の上で愚痴をいわせてもらうと「量産しすぎでないか」というイメージがある。一方で私自身も最近は読書に余裕がなく「本当の時間つぶしだけにしかならない読書は御免蒙る」みたいなところがあり、その時点で既に相性が悪いともいえるのだが、しかしそれでも子母澤寛だとかボルヘスなんかは無性におもしろい。単純な作家の好き嫌いという以前のレベルで何かがずれているような印象が強かった。もちろん、読書にせよ映画にせよ当り外れがあるのは(あるからこそというのは)世の常ではあるのだが... まあ、たまには外れの読書ノートもいうことで。

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