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日の丸・君が代の戦後史

書誌

author田中伸尚
publisher岩波新書
year2000
price780+tax
isbn4-00-430650-7

目次

1感想
2抄録

履歴

editor唯野
?.3.13読了
2012.8.17公開

高校時代の恩師に田中伸直の本を薦められて読んだ本。その頃は著者を『世界』あたりに割と登場していたくらいにしか知らなかった。ちなみに、この先生には高校時代、鎌田慧の『自動車絶望工場』などを薦められて、今考えてみると、その後の私にとっては非常に大きな影響を受けたといって過言ではなく、そういう意味でも教育は大事だなと思う。

私自身は、ゆとり教育がどうだとか、戦後の教育のあり方がどうだとかということに対して声高に言うつもりもないが、それでも一般的に流布されている考え、多数側の意見、自身が教わったものを含めて疑っていける姿勢こそが非常に重要だと思うし、間接的にその先生が、そういうきっかけを与えてくれたことには非常に感謝している。というよりも、それが分かって後はそれを自分なりに学んでいけるのであれば、それ以上を教育に望む必要があるだろうか ? やはり教育は政治の道具などではないし、何よりも万人のための機会であると思う。

抄録

vii

敗戦からすでに半世紀以上を閲(けみ)して、私たちはいま二十一世紀のとば口に立っている。しかし、私たちは未だに明治国家がつくりあげた天皇制度の磁場から自由になれないでいるのではないか。

8

こうした「日の丸」掲揚許可通知の類は他にも少しだが、残っている。つまり実態としては日本政府側が掲揚許可を願い、それをGHQ側が認めるという許可方式になっていたようだ。そのほとんどは天皇家の祭りに直結して設けられていた祝祭日での掲揚を求める働きかけであった。日本政府は、「国体護持」の別表現として、懸命に「日の丸」掲揚を「回復」しようと試みたのだった。

12

これは新憲法が指し示す民主的で平和な日本の再生のシンボルとして、「日の丸」を読み替える、あるいは新生日本の「新しいシンボル」として意義づけようという意思表明だった。マッカーサーは、その「日の丸」と新憲法の象徴天皇のイメージを重ねようとしていたにちがいない。そして翌四八年三月一日からは、戦前のままの一二の祝祭日には、GHQの許可を取らなくても掲揚できるようになる。

同年七月二〇日「国民の祝日に関する法律」が公布・施行され、「国民こぞって祝い、感謝し、又は記念する日」(第一条)として、年間九日が「国民の祝日」と決められた。このうち「成人の日」「憲法記念日」「こどもの日」の三日だけが新設で、あとの六日は名称を変えただけで、天皇の祭祀の日を祝祭日としていた「戦前」がそのまま残された。-/-

占領時代の「日の丸」掲揚が完全に自由になるのは、一九四九年一月一日からだった。-/-

13

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