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いつのまにやら本の虫

書誌

author出久根達郎
publisher講談社文庫
year2002
price667+tax
isbn6-273342-0

目次

1感想
2抄録

履歴

editor唯野
2002.12.13読了
2002.12.30公開
2002.12.31修正

出久根達郎のエッセイ集。考えてみるとこの人の本も久しぶりである。直木賞を取った頃は何でも読んでいた感じだったが、いつのまにやら遠ざかっていた。読んでつまらないというわけではないのだが、個人的には小説よりも本のエッセイの方が本業(?)だけにうまいなと勝手に思っている。しかし、本書を読むとその本業である古本屋も主に目録販売へと転じ、店頭での販売はあまり行わなくなったようである。家庭での事情もあるようだが、まあ作家との二足のわらじが難しいというのもあるのだろう。

抄録

14

ページ数や経費の面でむずかしいと思うが、私は作家の個人全集には、その作家の蔵書目録を収録してほしい、と希望する者である。

作家の人となりや思想を知るには、当人が読んだ本を見るに如(し)くはない。cf.180-181

19

「これこれの本はないか ?」「へい。ございます」と表紙を右の掌で叩いてホコリを払い、客に差しだしたわけである。これは古本屋特有のしぐさだったらしい。ホコリがなくても必ず叩いた。客が喜んだのである。なぜかというと、ホコリだらけの本は、いかにも掘り出しのように思われ、古書好きの期待を大いにふくらませたからである。このしぐさは、いつのまにか滅びた。現代はホコリは目の敵。本当いうと古書の魅力の一つは、ホコリの匂いなのだが。

36

学校で毎朝 10 分間を読書の時間に当てたところ、遅刻や欠席、いじめがなくなったという話。本は漫画以外なら何でもよく教師も読み感想文はない。そして、p184 では読書感想文で読書嫌いになったということについての話がある。

38

正月の本屋や絵草紙屋も、大いににぎわった。新刊書は年賀の贈り物に使われた。刷りあがったばかりの本を開く、これを封切といった。今は映画の方で遣われている。

45

昔はよくお年寄りが、一種独特の節をつけて本を読んでいた。いわゆる朗読だが、最近は全くといってよいほど聞かない。

自分の声に聞きほれる、ということがなくなったらしい。また人の朗読を聞いて楽しむ習慣も、私たちの日常から消えた。味気ないといえば、味気ない。

続けて p86 には「人は悪口を言う時は小声になる。恥ずかしい内容の本を朗読する時も、そう。」とある。

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