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いい家は「細部」で決まる

書誌

author永江朗+大和ハウス工業総合技術研究所
publisher新潮新書
year2012
price680+tax
isbn978-4-10-610477-0

目次

1感想
2抄録

履歴

editor唯野
2018.10.3読了
2019.1.22公開

要は主に建築に関わるさまざまなものの蘊蓄を語った本で、全般的には素材や調度品を幅広く、その歴史を含めて紹介している。もともとは週刊新潮に連載された「住居解体新書」を加筆修正したものとなっており、そのため個々の項目も適度な長さで収まっている。

小難しい専門書もときには必要だろうが、肩肘張らずに読めて勉強になるこういう本もたまには良いと思った。

抄録

12-13

日本の建築に鴨居と敷居が広まるのは、書院造が確立した室町時代後期ごろだと考えられている。部屋と部屋を障子や襖で仕切るようになってからだ。移動自由なパーティション形式の家具で仕切っていた時代には鴨居も敷居も必要なかった。

「敷居をまたぐ」という言葉に見られるように、敷居には特別な意味がある。敷居は結界なのである。敷居をまたぐとは、結界を出入りすること、つまりひとつの世界から別の世界に移動することを意味する。-/-

敷居はまたぐものであって、踏んではいけない。日本の伝統的な家屋における立ち居振る舞いの基本だが、新社会人が接待の席などでやってしまいがちな失敗のひとつでもある。和室に入るときは、敷居の手前で正座し、手をついて礼をする。

13

畳の縁を踏んではいけないというのも、同様と考えられる。畳の縁を、そこに座る人が占める世界の境界であると見立てるのである。-/-

15-16

『襖』(むしゃこうじ・みのる著)によると、古代から中世のはじめごろまで、衝立や板戸も含めて、部屋の間仕切りに使う建具はすべて「障子」と呼ばれていたそうだ。ルーツは中国である。昔の中国では垣根も衝立も幕も、光や風や視線をさえぎるものはすべて「障」と呼んだ。「障」のうち小さくて持ち運び可能なものを「障子」と呼んだらしい。やっぱり襖は家具なのか。

はじめのころの障子ははめごろしだった。柱と柱の間をふさぐ、衝立の大きなもの、ということだったのだろう。亘(わたり)障子という。やがて開閉のできる鳥居障子ができる。柱と鴨居を鳥居に見立てたのだろうか。

いまは障子というと、白い和紙を貼って光を通すものを指し、襖とは区別する。この明り障子、または紙障子が登場したために、それと区別して従来の鳥居障子は襖障子と呼ばれるようになった。

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