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インドで考えたこと

書誌

author堀田善衛
publisher岩波新書
year1957
price700+tax
isbn0-415031-0

目次

1感想
2抄録

履歴

editor唯野
2001.5.5読了
2001.5.21公開
2001.9.19修正

もしもインド本というジャンルがあるとすれば、その筆頭ないしは第一の古典として紹介されるであろう本。奥付を見ると初版が 1957 年で 2000 年時点で 57 刷とあるから、実に息の長い本であることが分かる。もともとは著者が第一回アジア作家会議の出席でインドを訪れた際の見聞禄をまとめたものだが、単にインドだけではなくアジア全体、そしてそこから照射される日本という奥行きを持った構成が、新たな読者を惹きつけるのだろう。個人的にはこの本の少し後に読んだ森本哲郎の 『文明の旅』 の方が示唆に富んでおり(もちろんインドの記述もあり重複する箇所もある)、本書の方は文字通り古典色の強さを感じたが、それでも興味を惹く記述の数々では勉強になった。

抄録

4

ところで、地球というものは、バカに広いものらしいが、人間の住めるところというものは、ほんの少ししかないんだな、とつくづく思ったのは、朝の三時頃にマニラを出て、南シナ海をつっ切ってヴェトナム、カンボディア、タイのジャングルの上を飛んでいたときのことであった。-/-

11

私は、敗戦後二年して日本に帰って来たとき、貨物列車を見ると、うれしかった。貨物列車を見るのが好きだった。あれらの満載された貨物や荷物が、ヤミであれなんであれ、とにかく動いてどこかへいって、それで次第にあの頃の生活の急迫が救われて行くかと思うと、自分はなんにもなしの裸ン坊であっても、それでもうれしかった。それに似た感情を、アジアの各地でこれから動きまわろうというこれらの同胞に対して覚えた。アジアの根本問題は、貧乏窮迫ということなのだ。

20

これは、私はある人から聞いていたのだが、ルーマニア、ブルガリアへ行って、ある日本人が、あなたはコーヒーをのむか、紅茶をのむか、と訊ねられ、コーヒーの方が好きだ、と答えると、そのルーマニア人及びブルガリア人は、実は私もコーヒーの方が好きだ、しかしコーヒーをのむ習慣は、これは実はトルコがルーマニア、ブルガリアを征服していたときの悪しき遺産なのだが、どうしてもこれをやめることが出来ない、という話を私に思い出させた。英帝国と紅茶、トルコ帝国とコーヒー……。私は、日本人と酒を飲むときに限って、デタラメに酔っぱらったという振りをしてくれる中国人と朝鮮人を、知っている。

26

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