ホーム > 読んだ >

枯草の根

書誌

author陳舜臣
publisher講談社文庫
year1975
price320
isbn360258-Z

履歴

editor唯野
2002.7.31読了
2002.8.5公開
2002.8.20修正

久しぶりに推理小説を読んだ。同時に久しぶりに陳舜臣を読んだ。陳舜臣といえば今や立派に中国、東洋史の物語の大家といった観があるが、本書はその処女作にして第 7 回乱歩賞受賞作である。陳舜臣が初めから西域や中国の物語を扱っていたわけではなくて、推理小説で出発した人だったというのは、私もどこかで聞いたような気がしたが、実際に本書を古本屋で見つけるまではすっかり忘れていた。そんなわけで、こういうかたちでの先祖返りもありだろうという感じで読んだ本だった。

内容は舞台が神戸である辺りなど、いかにも著者を感じさせる要素もあるが、一番の特徴は解説などにもあるように、ほとんどの登場人物が中国人というところだろう。トリック的には著者のスタイルでもあり、特に奇をてらったという形式ではない。それよりは、人間に着目している。これを解説より孫引きすると「謎??データ??解決。このかんたんな三段階が本格推理小説の骨子であるとすれば、このスタイルで表現できる範囲はきわめて広い。トリックということばを使うから、トリックの枯渇という悲観論が出るのである。トリックはあくまでデータの一部分、しかも必要不可欠の部分ではない、と考えたい」(p.302)という具体である。

また、ノックスという人の探偵小説十戒のひとつには「中国人を登場させてはならない」というものがあり、本書はそのタブーを破った本という位置付けらしい。逆にいえば、当時はまだ、この種のタブーがタブーとして有効だった時代であり、だからこそ中国人の登場が新鮮だったということなのかもしれない。私は以前、『80 年代 SF 傑作選』(ハヤカワ文庫)という本を読んだとき、自分の抱いていた SF という観念、先入観がいかに通俗的なものであったのかを痛感させられた記憶があるが、これは別に今日では SF に限らず、推理小説やその他の文芸作品でも同様だろう。

言い換えれば、それだけボーダーレスというものが一般化しているわけで、ボーダーレスとしてタブーをなくしていった結果、逆に何もかもが平俗化してしまっているのも、逆に最近の活字に元気のないひとつの理由なのかもしれないな??などとこの文章を書きながらつらつら思った次第である。

主要登場人物

陶展文 拳法家にして漢方医、中華料理店『桃源亭』の隠居で事件の解決に乗り出す
朱漢生 陶展文、徐銘義らの友人。互いに中国象棋をよく指している
李源良 戦前には銀行を経営した席有仁の恩人、現在は神戸で小さな商社を営む
<!--李東昌 かつての李源良の片腕で彼の演出一切を取り仕切った人物。現在は李源良になりすます。犯人-->
徐銘義 万事に几帳面な性格で吉田や李ともつながりがある。第一の被害者
清水 徐銘義のアパートの管理人。徐銘義とは過去に妻などをめぐり関係があった
辻村甚吉 徐銘義に借金があり殺害時刻頃に彼の元を訪れた人物
小島和彦 新聞記者、事件を吉田の線から追おうとする
席有仁 南洋の著名な華僑の実業家。来日中
吉田庄造 市会議員、地方政治家としては策士
田村良作 吉田の甥、東京を去り吉田の元にいる。第二の被害者
白沢絹子 田村良作の東京での女
マーク・顧(クー)/喬玉 日本を旅行中の夫妻<!--喬玉は李源良の姪、李源良の正体を知る人間のひとりということ-->

Up