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木枯し紋次郎
中山道を往く (全2冊)

書誌

author笹沢佐保
publisher中公文庫
year1983
price410
isbn4-12-201032-2 (上)

目次

1感想
2抄録

履歴

editor唯野
2008.6.12読了
2009.3.24公開
2008.3.24修正

たまには時代小説でも...という感じで読んだ本。テレビになったせいもあるのか分からないが、話としては起承転結がはっきりしていて、世間との関わり合いは持とうとしない主人公のスタイルも一貫し、テレビの『水戸黄門』みたいな感じだった。本書は同シリーズを表題の内容に従って再編したもので、木曽近辺の話で半分ほどが占められている。さらっと時間つぶしに読んだという印象だが、当時の知らなかったことを断片的にかじったりできて、それはそれでおもしろかった。

抄録

12

その騒ぎに、人々は注目する。当の凶悪犯もほかに事件があったらしいと、油断をすることになる。その間に手配をすませて、凶悪犯を包囲するのであった。そういうことで、何もしていない連中を牢屋へ投げ込むのを、『訴人の引っかけ』と言っていた。

ただ、誰でもいいから牢屋へ投げ込む、というわけにはいかない。悪いことをしそうにない堅気の人間を捕らえたのでは、現実性に欠けているし跡始末が面倒である。そうした時に便利なのが、旅の渡世人というわけであった。

71

紋次郎はたまたま、あの時刻にあそこを通りかかったのにすぎないのだ。無宿人は無宿人の、生き方がある。堅気の衆に余計なことで関わり合いを持つな、というのが無宿人の一種の処世術であった。誰の世話にもならず、誰の世話もしない。無宿人にとっては、そうするのがいちばん無難なのだ。

81-82

満徳寺は、鎌倉の松岡東慶寺とともに数少ない縁切寺である。駆込寺ともいうが、正規の呼び方は掛入寺であった。亭主持ちの女が、離縁を望む一心から東慶寺か満徳寺の寺内に駆け入ることから、そのように称されたのだ。

かつては、女がみずからの意思で離縁を求める場合、駆入寺に逃げ込むほかに手段がなかったのである。夫は離縁状を突きつけることによって、自由に妻を離別できたのであった。だが、妻のほうから、夫と別れたいと望むことは許されていなかった。

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