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無境界の人

書誌

author森巣博
publisher集英社文庫
year2002
price590+tax
isbn4-08-747415-1

目次

1感想
2抄録

履歴

editor唯野
?読了
2013.11.18公開

森須博の最初期の本のひとつで抜群におもしろい本。ギャンブルから始まって国家、民族までを縦横無尽に論じ、闊歩する筆致は素直にすごいと思う。冷戦終結以降、私はもう右とか左とか、国境とかにも関心がほとんどなくなってしまった。著者とは別の意味で同じ結論に達したわけであるが、著者のいうように近代の産物としての「国家」「民族」「文化」にいつまでも捉われていることの方が前近代的なのではないか ? というのは同感である。というよりも、今日では、これらのキーワードがグローバル化に対する抵抗勢力にとっての方便に成り下がってしまっている。単純に人や物がどんどん移動しやすくなっている現代では、人間自身やそれを取り巻く制度も軽くすべきだと思うからである。

これはいうまでもなく、だからといってTPPに賛成なのかとか竹島問題をどうするのか、という短絡的な議論とは別である。グローバリゼーションの問題を既存の近代国家の枠組みで論じることが既に現実に合致しなくなってきているのだ。嫌韓とか反日などは、国内で特定の都道府県が嫌いだといっているのと同じであって、内部の問題の目を外へ向けさせる(敵を作ることで内部が結束しやすくなる)のは、洋の東西・古今を問わず政治家がよく使ってきた手段である。

もう少し高所から見てみれば、その滑稽さが分かると思うのだが...その意味でも著者の本はおすすめである。

抄録

11-12

霞が関のエリートたちを含めたので、異議を申し立てられそうだから、言っておく。国家権力の履行者が彼(女)らではあるが、実は「国家」などというものは、虚構の最たるものなのだ。信じられないからもしれないが、「国家」などという言葉は、十八世紀末まで、世界中のどこにも存在していなかった。

中国古典には「国家」という熟語が出てくるが、これは皇帝個人を意味する語だ。日本語で言えば「ミカド」である。現在の中国で使用される「国家」は、明治期の日本の翻訳造語の逆輸入。

その世界史に開闢以来の革命をもたらしたのが、アメリカ合州国の独立(これを米語では、アメリカン・レヴォリューション、つまりアメリカ革命と呼ぶ)であり、そして一七八九年のフランス革命だった。とりわけ後者により、「国民国家」(つまり「国家」)という大嘘、大虚構が構築された。

フランス革命には、「自由・平等・博愛」という有名なスローガンがあった。これがどうなったかを考えてみれば、よくわかるだろう。「自由・平等・博愛」のスローガンを掲げた政体が、帝国主義地球支配の構図の中で、植民地の人々にいかなる非道残虐をおこなってきたものか。つまり「自由・平等・博愛」とは、国民国家と呼ばれる幻の境界内(この場合は「内地フランス」)でのみ通用し、討論されるべきスローガンであった。

16-17

ヤクザが喧嘩に負けないのは、

一、弱い相手だけを選んで喧嘩する

二、肉体以外の武器を使用する

三、負けそうになったら逃げ、のちに集団を組んで仕返し(ヤクザ用語ではお礼まいり、英語ではpayback。どこでも発想は同じだ)をする。あるいは仕返しをされるだろうと相手が恐れる。

そういう必要かつ十分条件を満たす喧嘩だけをするからだ。

24/29

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