ホーム > 読んだ >

ナショナリズムの克服

書誌

author姜尚中、森巣博
publisher集英社新書
year2002
price700+tax
isbn4-08-720167-8

目次

1感想
2抄録
3175.

履歴

editor唯野
?読了
2015.7.8公開
2015.8.12修正

非常に興味深い二人の対談ということで読んだ本。本書で両者が述べているように現在は既にナショナリズムに捉われるような時代ではない。しかし、それを戦後日本の成長神話と結び付ける周辺国への優越感、欧米への劣等感があるから、なかなかナショナリズム、レイシズムがなくならないのだと思う。

私が不思議に思うのは、例えばわずか数百年前であれば、どう考えても今の日本にとってのアメリカは中国だったのであって、中国を介して日本に入ってきたものも多いのに、なぜそういう歴史には触れずに現在の中国や朝鮮を卑下するのかがよく分からない。近代化という過程で「日本」というナショナリズムを醸成するために、近代化 = 善、そうでない社会 = 後進、という分類から国がランク付けされ、その差がレイシズムとして機能したという部分はあるのかもしれない。しかし、だとすれば、中国などが今になって反日を謳うのも、かつて日本が近代化の過程でやってきたことと同じである。要は遅いか早いかの違いであって、いずれもナショナリズムを醸成するために他者を必要としている点では違いがない。

そうなると、今の日本が本当に取るべき態度は、そういう近代化という過程でのナショナリズムの一歩先を行く、偏狭なナショナリズムにこだわらない姿勢なのだと思う。(私に言わせれば、それが「成熟した社会」ということだ。)なぜなら、ナショナリズムにこだわればこだわるほど、そこから先に進めなくなり、グローバル化が当たり前になった今の時代に対応できなくなるからである。対応できずに国力が凋落するのを過去の栄光にしがみつき周りを卑下することでしのごうとするのは、それこそ「優れた国」のすることではない。(同じことを老舗企業や老人に置き換えれてみればいい。)少子化と騒ぐのであれば、どんどん国外から難民を受け入れて差異を容認できる社会にする方が、はるかに「国益」にもかなうと思うのだが。

抄録

24

 今回の「中国人犯罪者民族的DNA」発言は、「三国人」発言よりもはるかに悪質です。ところが、なぜか、そうした発言に対して、メディアは急速に鈍感になりつつある。

森巣 私が気になったのは、まさに、その点なんです。なぜ、石原発言は野放しのままなのか。ルペンやハイダーのような政治家を日本のメディアは極右と呼ぶならば、なぜ、石原慎太郎を極右と呼ばないのか ? ルペンやハイダーでさえ、公共の場では石原のような発言はできないでしょう。-/-

26/27

森巣 ただ、私は、もう三〇年近くを海外で過ごしていますが、今でも一年に二回ほど、春と秋に、日本を「訪ねる」わけです。そうすると、もう、普段接する機会がないだけに、日本社会やメディアの感覚麻痺が急速に進行していることが、否応なくわかる。レイシズムへの無防備性はもともとあったかもしれませんが、その感覚麻痺が、近年、ますます深化しているような印象を受けるのです。

森巣 要するに、グローバル化の結果生じたもろもろの混乱や不透明な不安感の原因を、「三国人」や「中国人」という少数者に押し付けることによって「可視化」し、一刻も早く安心したいという、安直な雰囲気があるのではないかと思うんです。それが、いわゆる九〇年代に突如として出現したかに見える、ネオ・ナショナリズム(今どきの日本万歳主義)の背景に横たわっていたのではないか、と。

28/29

森巣 -/-チューサン階級的に質問すれば、日本の凋落がこれほど明確に見えだしたとき、臆面もなく日本万歳を叫ぶ人たちが、最近になってなぜこんなに増えたのか、という点です。-/-

全文を読まれる場合はログインしてください


Up