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ニセ学生マニュアル
いま、面白い<知>の最尖端講義300

書誌

author浅羽通明
publisher徳間書店
year1988?
price1,000
isbn19-553743-6

目次

1感想
2抄録

履歴

editor唯野
1997-1998読了
2000.11.27公開
2000.12.13修正

100% サブカル本。かなり前に読んでそのままとなっていた本で、最初に読んだときもそう思ったし、今回の読書ノート化に際して部分読みをしてみても、この感想は同じだった。なぜサブカルなのかといえば、この本は「知を何に使うか」ではなく「知の要領のいい得方」しか示していないからである。つまり、「知」というもの、もっといえば現在の日本の大学そのものがそうなのだろうが、それこそが根本でのズレだからだ。それゆえ、ニセ学生という手段が目的になっている本書はサブカルとなる。私は手段が目的にすりかわった場合における「文化」がサブカルだと思っているので、本書はその条件を十分に満たすのである。

ただ、誤解していただきたくないのは、そういう理解の上でニセ学生も手段として利用する分には何ら問題はないという点である。ちゃんとした前提があるのであれば、大いに本書のエッセンスを利用すればよい。最大の問題はサブカルの線引きに明確であるか否かなのであり、それに言及しないかそれに戯画的なサブカル本が多すぎるというところにあるからである。

抄録

8

なんの義務もなく講義に通うニセ学生になると、あらためて学問とか思想とかいうものは本来孤独な営みであり、独学こそが基本であることを思い知らされる。独学者にとって学校という制度が、ときには有害ですらあることは、なにもアカデミズム批判や脱学校論を待つまでもなく、児童向き伝記シリーズで、エジソンに代表される学校ぎらいたちを偉人として紹介された幼少期に、我々が刷り込まれた常識だったはずだ。

このページには独学に関して加藤秀俊の『独学のすすめ』(文春文庫)が紹介されているが、私もこの本はおすすめである。特に学ぶということにおいて、学校制度の存在する以前には独学こそが唯一かつ当り前の方法であったという一点を知るだけでも、与えられた教育が当然となっている現在の我々にとっては得るところがある。

10

-/-資格という形を持たずに生きるためには、資格者以上の実質を備えねばならない。この逆説を生きることで、はじめてブラック・ジャックは医師資格制度への根源的批判たりうるのだ。

20

-/-一定の学力と出身家庭の金力がある程度証明できる若者に四年間のモラトリアムを与え、もっとも利益を得たのは、外食産業をはじめとする、学生アルバイトを適宜に雇用することで経営を成り立たせている企業体だったのだ。なにしろ、いつ解雇しても労働問題が起こらず、しかも一定の質が保証された無個性な若い労働力が、常時プールされているも同然なのだから。

だから学生にとって一番重要なのは「学生という身分」であって、それ以上でも以下でもない。後は何をするか自体も自分で決めればいい。全ては学生ならば許される。そういうモラトリアム性こそ利用すればよいのであって、大学で学ぶことまでを中高の延長線上(授業主体)で捉える方こそ通俗的に過ぎる。

23

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