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両手いっぱいの言葉
413 のアフォリズム

書誌

author寺山修司
publisher新潮文庫
year1997
price514+tax
isbn10-143021-7

目次

1感想
2抄録

履歴

editor唯野
2002.10.29読了
2002.11.4公開
2002.11.10修正

寺山修司の著作に登場する言葉を抜き出して作成された箴言集。寺山といえば私などは何より書名でもある「書を捨てよ、町へ出よう」そのものだと思うが、さすがに有名すぎるのか(?)本書には登場しない。(そういわれると最近はこの言葉も聞かれなくなったような感じがしないでもない。)

それはともかく、ご利益がありそうだったので読んでみたのだが、この本は珍しく最初の感想はあまりパッとしない印象だったのに、読書ノートにしてみるとなかなかの言葉が並んでいるなという感じで、短い間に評価の振り子が逆になった一冊である。やはり、さすがは著者が著者だけに??というところであろうか。

ちなみに、副題には 413 とあるが、ここに列挙したのは約 50 個なので、打率にして約 1 割 2 分程度。まあ、そんなものかもしれない。

# なお、引用部分には出典も併記されていたのだが省略した

抄録

12

自分たちにしか通じない言葉をもつのが恋人同士である。

13

はじめてのキスというのは、人生への参加をゆるされるパスポートを思わせる。すべては「くちびる」からはじまるのだ。はじめに言葉ありき、と言うとき、ことばはくちびるからはじまるし、愛もキスもまたくちびるからはじまる。

14

人を愛する自由は、人間が獲得しうるもっとも基本的自由であって、何びとからも制約されるべき筋のものではない。「あの女はおれのものだから、どうか好きにならないでくれ」という仁義は、女を人間としてではなく、身のまわり品か愛玩物として考えることになるだろう。

18

美というものは、本来、何かを欠いたものです。完全な合理主義からは、美はおろかドラマも生まれてはきません。

28

美術館は、巨大な遺失物収容所である。

世界はあらかじめ人々によって記憶されつくされてしまっている。だから、「何を忘れるか」だけが問われることになるのである。

忘れられ、取り残されたものだけが、形態を獲得する。そして、展示され、美術と名付けられることになるのである。

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