ホーム > 読んだ >

SEの持つべき「思想」
できるSEは何を考え、どう動いているのか

書誌

author秋月明彦/瓜生聖
publisherすばる舎
year?
price1500+tax
isbn4-88399-216-0

目次

1感想
2抄録

履歴

editor唯野
?.12.05読了
2011.09.12公開

確か古本屋で何気なく手に入れた本。しかし、素晴らしい内容であり、特にこれからSEになるという人に対して非常に薦められる本だと思う。書かれていること自体は経験者であれば当たり前のことばかりという感じもしないではないが、基本がよく押さえられている。冒頭において「本書で述べていることは、何もSEに限った話ではなく、社会で働く人ならば持っておくべき、ごく常識的なことなのである」(p5)とある通りだが、当たり前なことほど実は難しいと私は常々思っているので、たまに読み返してみても得るところがあるのではないかと思う。今回読み直してみて、私自身も確実に影響を受けたといえる一冊である。

抄録

19

しかし、現在はプログラムは組まないがコンピュータに携わる仕事をしている人のことをSEと呼ぶことが多い。プログラマではないからSE、というわけだ。これに対して、「そんなものはSEではない」と不快感をもつ本来の意味でのSEも少なくない。だが、現実問題としてその業務にふさわしい呼称がないのも事実だ。

26-27 cf.203

そんな中でSEとして生き残るためには「SEとはどうあるべきか」を考え、SE流の思想を身に付けることだ。技術は経験とともに身に付く。しかし、思想は間違った方向に進むと何年、何十年を無にしなければならない。経験を積めば積むほど、自分の間違いを認めて後戻りすることは難しくなる。

そして技術を活かすも殺すも思想次第だ。ともすると技術偏重主義に陥りやすい技術職において、ゼネラリストの視点を持ったスペシャリストは、その技術力よりも高く評価される。-/-

29

しかし、企業が本当に欲しいと思っているのはプロジェクトマネージメントの技能を持つ「中間層」に位置するSEである。-/-

30

前述のコンピテンシーアセスメントの導入事例が増えていることと合わせて考えても、これは至極最もな流れだ。コンピテンシーはスキルとは違う。「○○ができる」はスキルだが、「○○をやっていた」はコンピテンシーだ。「○○ができる」からSEなのではなく、「○○をやっている」からSEなのだ。

31

いずれにせよ、学生はすぐには使い物にならないという認識を企業は持っている。たとえ、面接の際に「じゃあ入社したらすぐにバリバリ働いてもらうよ」といわれたとしても、それは社交辞令というものだ。

全文を読まれる場合はログインしてください


Up