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昭和金融恐慌史

書誌

author高橋亀吉・森垣淑
publisher講談社学術文庫
year1993
price1600940
isbn4-06-159066-9

目次

1感想
2抄録

履歴

editor唯野
2018.1.8読了
2018.2.12公開

昭和2年の金融恐慌を、我が国における明治期の銀行設立以来の問題点、大正9年不況以降の政府の対応のまずさ等と絡めて、その原因から経過、その後の影響までを包括的に論じた本。刊年を見ると分かるように、本書は平成のバブル崩壊後の不況との類似性が着目された中で刊行された本であり、それは解説にもよく表れている。

昭和金融恐慌は一般に「失言恐慌」とも呼ばれ、時の片岡蔵相の軽率な発言をきっかけにしたような語り口も見受けられるが、当然ながらあれだけの恐慌がそれだけで発生するわけではない。(下記の抄録p6-7にある通りだが)本書ではその原因を主に、明治以来の銀行が前近代的で実質的に事業会社の機関銀行化しており事業の実態にかかわらず貸出を行なっていたこと、それらに対する整理を大正9年(第一次大戦後)以降の不況期において行なうべきであったのに、表面的な対応を続けることにより問題を更に根深くさせていったこと。特に大正12年の関東大震災で生じた手形救済が本来の目的から外れても利用され、結果的に日銀も救済銀行化したこと等の累積に求めている。

これを読むと、昭和金融恐慌はこれまた、その後のモラトリアム実施により急速な鎮静化を見た高橋蔵相の辣腕ぶりだけで語るのも片手落ちであることがよく分かる。つまり、政府・日銀が本当にすべきであったのは――もちろん事後においてこう評するのが容易な点は差し引くとしても――このような事態を招く前に取るべき方策だったことになるからである。

本書は共著であるにもかかわらず、よくまとまっており論旨も一貫しているが、主張の重複も多く少し冗長なきらいもある。しかし、記述そのものは簡明であるため、金融恐慌の流れを時系列で追う辺りは特に読み応えがある。国の借金が異常に膨張していくばかりの現在の我が国もかなり危険な状態だと私は思うが、昭和金融恐慌の教訓は生かされるのであろうか ?

抄録

6-7

一、こうした問題意識のもとに昭和金融恐慌を分析するに、その基因は、

(1) 第一次大戦にわが国経済が質的にも量的にも飛躍的発展をとげたにもかかわらず、
(2) 銀行制度そのものが依然として前近代的であり、多大の欠陥を内蔵したものであった。
(3) 右の結果、大正八~九年の世界的戦後景気に際し、過度の熱狂的投機思惑に走り、その反動として九年の大反動を招来したが、それに対処するに、官民いずれも的確な判断を誤り根本的整理を怠り、一時的な弥縫に汲々として、次の好景気により救われるとする僥倖を頼む政策をとったのである。しかし、我が国経済の病根は根深く、ために弥縫的救済措置はむしろ経済をいよいよ衰弱さす結果をもたらしたのである。

加えて、大正十二年の関東大震災は、わが経済に痛烈な打撃を与え、政府の政策の不適切さもあって、以降円為替相場は激動を見せ、この面からもわが国経済は多大の打撃を蒙ることになった。企業の利潤率は大幅に低下し、前近代的銀行制度のために銀行経営は不良化、固定化し、大銀行のなかの少なからぬものを含め、我国銀行は破綻暴露の境界線上にあった。

こうした基本的事情において、金解禁準備として、わが国経済の癌の一つであった震災手形の処理が実施せられることになったが、そのための法案が議会に上程されると、その真意に議論が集中され、実状が明るみに出されると、国民に多大の衝撃を与えずにはおかなかった。かくして、蔵相のちょっとした「失言」は導火線の役割を果たすことになり、全面的な金融恐慌に突入したのである。

21-22

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