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新選組三部作
新選組遺聞

書誌

author子母澤寛
publisher中公文庫
year1977
price360
isbn611197-Y

目次

1感想
2抄録

履歴

editor唯野
2002.7.15読了
2003.1.2公開
2003.1.8修正

新選組三部作の巻之二。『新選組始末記』にもあるように、これらにおける著者の意図は以下の通りである。

新選組が、京都守護職附属の公然適法なる警察隊であって、決して怪しげな暴力団でなく、むしろ真情大いに掬すべきものであった事が、近来次第に世人に諒解せられるに至ったことは、誠にうれしい。(p.10) cf.92

 

抄録

13/18/20

新選組が西本願寺へ越した頃、勝安房守から近藤勇への添書を持って三浦啓之助という若者がやってきた。これは佐久間象山の倅で本名慶之助、三浦は母親の姓とのこと。しかし、行状が改まらかった。ある日、沖田に「三浦君、どこかへお供したいな」といわれて斬られると思い、そのまま脱走して故郷の信州松本へ落ちてしまった。しかし、ここでも問題を起こして獄中のまま維新を迎えた。父が父なだけに、後に明治政府の司法省にも出仕したが、また問題を起こして免職。最後は病気で 30 いくつで死んでしまった。

23-24

慶応三年十一月十五日の夜に、京都河原町通り蛸薬師下る(今の下京区塩屋町三一一番地)醤油屋近江屋新助方で暗殺された坂本龍馬中岡慎太郎の、その現場にこの原田(左之助:唯野注)のものだという蝋(ろう?:漢字が出ないので新字:唯野注)色の刀の鞘が落ちていたばかりに、龍馬の暗殺者は新選組であるように未だに時々冤罪を蒙るが、あの事件には、実は新選組は更に関係ない。備中浅尾藩主蒔田相模守広孝と、寄合席松平出雲守(千石下総飯笹)の引率した見廻組の剣士、同与頭佐々木唯三郎(会津藩手代木直右衛門実弟)、渡辺吉太郎、高橋安次郎、桂隼之助、土肥仲蔵、桜井大三郎、今井信郎(のぶお)、この七名の仕業なのである。cf.26

42/44-45

甲州で敗れ江戸へ戻った後に近藤と喧嘩別れした永倉と原田は、神道無念流の旗本芳賀宜道(ぎどう)とで靖兵隊を組織した。しかし、原田は山崎宿まで来て江戸へ戻ってしまう。しかし、江戸はもう官軍でいっぱいで、今さら靖兵隊にも戻れない。仕方なく彰義隊に加わったが、そこで傷を負ってそれが元で死んだ。

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