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スペイン断章
―歴史の感興―

書誌

author堀田善衛
publisher岩波新書
year1979
price320
isbn黄73

目次

1感想
2抄録

履歴

editor唯野
2019.4.4.読了
2019.4.10公開
2019.4.17修正

書名に断章とあるようにスペインの歴史に絡めながらスペイン各地の史跡を淡々と描いた、旅行記ともエッセイとも風土記とも取れる本である。この種の捉えどころのなさが逆に特徴のように感じられなくもないが、どうしてかというと、それは著者のいうスペインという国に対する見方に一致していることも一因であろう。

即ち、ローマ帝国の遺物が残るカトリックの国である一方で、レコンキスタによって国としての体裁を作り上げ、宗教戦争や革命を経験しなかった国、その反面、大航海時代を経験しながらその繁栄の痕跡のない国、偉人はいても他国で名を挙げた者が多い国、といった記述に現れている。

しかし、著者は別にそれが悪いというような書き方は一切しておらず、そういうものも歴史のうちであり、そこに人間の営み、賢さや愚かさや見るというスタンスになっている。年表によってではなく、現在に残っている景色から歴史、もっといえば人間を読み取る、という懐の広さが、捉えどころのなさをいい具合に補っていると思った。

抄録

2

-/-しばらく日本を離れていたいという願望と、もう一つ、この国ほどにも、どこへ行っても、重層をなす「歴史」というものが、何の装飾もなく、あたかも鉱脈を断層において見るように露出しているところが、他にあまり例がないのではないか、という心持が私を動かしたもののようである。

4

-/-とにかくこのバスク語なるのものは-/-大方のスペイン人を構成している原始イベロ族やアラブ人などの北アフリカ・地中海起源のものではなくて、東方起源のもののようなのである。それだけに独立心、あるいは分離・自治主義への傾きが強いのである。

6

サン・セバスティアンはまた、スペイン最後の王である――いまはまたまた王制なのであるが――アルフォンソ十三世が、一九三一年に「われわれは流行遅れらしい」という捨て台詞を残してフランスへ出て行ったその最後の宿りの地(バイヨンヌを指す:唯野注)でもあった。彼の母后であるマリア・クリスティナもまた摂政時代にこの地で避暑をしているあいだに革命が起り、そのままここから出て行ってしまったものであった。スペインの王様というのは、歴史的にも流浪の王たちであり、マドリードが首都ということになったのもやっと十六世紀に入ってからであり、その後といえども一七八九年以来、王としての生涯を安穏に終えた人はまだいないのである。例外はフェルナンド七世一人だけだが、この王といえどもフランス軍の支持をえていなかったらどういうことになったか知れたものではなかった。

9

-/-リアス式海岸という言い方は私も小学生の頃から承知していたが、このリア、リアス(潮入り川)ということばがスペイン語起源のものとはじめて知ったことであった。-/-

11

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