笑犬楼よりの眺望
書誌
author | 筒井康隆 |
publisher | 新潮文庫 |
year | 1997 |
price | 600 |
isbn | 10-117136-X |
履歴
editor | 唯野 |
2001.5.22 | 読了 |
2002.1.6 | 公開 |
2002.1.9 | 修正 |
筒井康隆が『噂の真相』に連載していたコラムをまとめたもの。既に読書ノート化している 『断筆宣言への軌跡』 に重複するネタも少なからずあったが、こればかりはやむをえまい。全般的に共感を感じる箇所に満ちており、うなずきながら読むところが多かった。(断筆を解いてからも新しいコラムをやっているみたいですが...)
抄録
22/23
-/-飛び道具(写真のこと:唯野注)に対処するにはやはり飛び道具をもってなすべきだ。もし報道カメラマンがあなたに迫った時あなたはどうするか。あなたもカメラを持てばいいのである。-/-おかしいことに、敵はこれを最もいやがるのである。-/-
間違ってもカメラから逃げたり顔をかくしたりしてはいけない。敵がいちばん狙っているのはまさにそうした態度から感じとれるうしろ暗さなのである。-/- cf.86
26
-/-こうした突撃レポーターたちは、まさに今自分たちが取材している容疑者や加害者や被害者の家族と同様の思いをいずれ自分たちの家族がしなければならなくなることを予測しているだろうか。cf.225 -/-
68-69
今は消費時代である。物質だけではなく、文化も消費している。それも再生産のきかない消費のしかた、つまり盛大な食いつぶしをやっているのである。例えば映像メディアにしても、昔は長い時間をかけ、金をかけ、それ専門の大企業が映画を作っていた。ところが今はテレビがそれをやっているのであり、-/-短時間で、金をかけず、素人が作っている。で、その内容はというと、ほとんどが過去の映画遺産の食いつぶしなのである。いいストーリイ、いい設定、いいエピソードなどをそのまま取ってきた人間が、たまに過去の名作映画を見ても、今度はその良さがわからないということになる。
しかし、これはインターネットの広がりでそのうち動画さえもが個人で扱えるようになれば、ますます増長されるだけだろう。
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